六価クロム槽に接触した猫
3月11日、広島県福山市の金属メッキ加工工場で六価クロムの含まれる槽に猫が落下し、そのまま現場から逃げたことが騒動となっています。六価クロムに接触した思われる猫の特徴を示す映像は防犯カメラ映像のみであるため、映像が不鮮明で分かりづらく猫の特徴がはっきりしない上、現場周辺は海沿いの工場密集地で、猫が姿を隠す場所も豊富にあることで捜査は難航しているようです。猫は大量の有害物質に曝露されていることから、かなり弱っているかすでに死亡していると思われます。
クロムとは?
クロムは元素記号Cr、原子番号24、銀白色で光沢があり、非常に硬い特徴を持っている金属元素です。ギリシャ語の「chroma(色)」から名付けられ、その名の通り、クロムの化合物は多彩な色を示します。
クロムの存在形態は、主に三価クロム(Cr(III))と六価クロム(Cr(VI))の二つです。自然界ではほとんどが三価クロムとして存在し、人体への毒性は低いとされています。一方、六価クロムは強い酸化作用を持ち、強力な毒として作用することが知られています。
クロムは工業的に非常に重要な金属元素で、私たちの身近にも存在するステンレス鋼の原料として使われています。なんと、国内で使われる金属クロムのうち95%は鉄鋼分野(ステンレス鋼)の原料として使われているそうです。
ステンレスはなぜ錆びないのか? クロムは酸化すると、「酸化クロム」となり、表面に「不動態被膜」という安定な膜を形成する特徴を持っています。ステンレス鋼は、この不動態被膜が全体を覆っているため、内側の鉄が錆びにくくなっています。もし不動態被膜が傷ついてしまった場合でも内部に含まれているクロムが酸化し、被膜を形成することで被膜を再生させることが出来ます。
また、三価クロムは生体でも重要な役割を果たしています。クロムは、細胞へのインスリンの結合を増加させ、インスリン受容体密度を増加かつインスリン受容体キナーゼを活性化することでインスリン感受性を高める作用を持っています。したがって、適切な量のクロムは健康維持に必須です。しかし、過剰な摂取や曝露はクロムの毒性が発揮されることがあるため注意が必要です。
クロムの毒性
成人の経口摂取では0.5g程度で重篤な中毒を引き起こし、1~3gが致死量と考えられています。
今回示したのは経路不明の情報ではありますが、最低でもこのレベルのLD50を示すと考えるとそれなりの毒性を持っていることが想像できます。
中毒症状
中毒症状は曝露経路にもよりますが、代表的な症状はこれらが挙げられます。
体内動態
基本的に毒性が問題になるのは六価クロムなので、その体内動態について解説します。
六価クロムは皮膚や消化管を通じて体内に吸収されます。皮膚からも吸収を受けるため、触ることも危険です。経口吸収の効率は1%~10%と幅がありますが、ビタミンCやナイアシンのような物質はクロムの吸収を促進することが知られています。
イオン化した六価クロムは硫酸塩(SO42-)及びリン酸塩(PO42-)に構造的に類似しているため、アニオン輸送体を介して取り込みが起こると言われています。六価クロムは消化管で還元を受け、三価クロムへ代謝されますが、残った分は消化管から吸収を受け、全身循環へ移行することになります。
それから吸収されたクロムは全身のほぼすべての組織に分布し、特に骨、腎臓と肝臓に蓄積する場合が多いようです。
そして、取り込まれた細胞内で六価クロムは三価クロムへと代謝されて、最終的に、腎臓でろ過を受けて尿として排泄されるという流れをたどります。クロムは主に腎臓を通じて尿中に排泄されますが、少量が毛髪、汗、胆汁を通じて失われることもあります。排泄量は1日あたり3~50μgとされ、正常な成人では1日あたり約0.22μgが尿中に排泄されると報告されています。
作用機序
6価クロムの毒性は大きくわけて曝露時と吸収時の2つに分けられます。
曝露時の毒性
六価クロムは非常に強力な酸化力を持っている物質で、曝露時にはその酸化力で消化管にダメージを与えます。
皮膚や粘膜,消化管,気道に接触した6価クロムは組織タンパクを変性させて化学熱傷を起こします。腐蝕性を持つため深部まで達し,さらに腐蝕部より体内に吸収されていきます。
吸収後の毒性
クロムの代謝はいろいろと説があるようなので、ここではその一つを紹介します。生体内に入った六価クロムは三価クロムに還元されますが、その際強い酸化作用により細胞構造を破壊します。
六価クロムは二通りの代謝を受けるため、まずは下方向の代謝についてみていきます。
下方向への代謝 下方向では、六価クロムはアスコルビン酸、グルタチオンなどによって還元を受け、最終的に三価クロムまで代謝されるという経路です。その後、細胞から排泄されます。
横方向への代謝 横方向は六価クロムが細胞内に存在する何者かから電子を奪い取り、最終的に三価クロムに変化する経路です。 クロムは電子を奪い取るうちに五価クロム、四価クロムへと変化していくわけですが、その途中で代謝の過程で発生する過酸化水素と反応すると、過酸化水素によって再度酸化を受けてしまうのです。 そして、そこで反応性が非常に高いフリーラジカルが発生してしまいます。 フリーラジカルというと「活性酸素」の一種です。フリーラジカルは不安定なので、なんとかして安定な状態になろうとして他の物質と反応を起こします。それがタンパク質やDNA、脂質等と反応し細胞内の物質を破壊してしまいます。
それでは今回の解説は以上です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
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