DDTとは?
DDT(dichlorodiphenyltrichloroethane:ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は、かつて広く使用されていた有機塩素系殺虫剤です。かつて安価で大量生産が可能なこと、少量で高い効果を持っていたこと、当時はヒトや家畜に無害と考えられたことから、DDTは世界中で広く・大量に使用されていました。
しかし、DDTの使用が環境と生態系に深刻な影響を与えていることが次第に明らかになっていきました。それから調査が行われた結果、多くの国でDDTの使用が禁止・制限されるようになりました。
DDTの開発の歴史
DDTは、1873年にオーストリアの化学者オトマール・ツァイドラーによって初めて合成されました。それからしばらくは日の目を見ることはありませんでした。
DDTは、もともとは毛織物の防虫性染料の研究から発展したものです。当時使用されていた「オイランCN」という染料は強い光に当たると変色するという問題を抱えていたことから、この問題を解決した「ミチンFF」が開発されました。スイスの化学者であるパウル・ヘルマン・ミュラーは、ミチンFFの化学構造に着目し、既に合成されていたDDTの試験を行い、その殺虫活性を発見しました。それから、日本との開戦によって除虫菊の供給が途絶えたアメリカで実用化されました。
そんなDDTは、しばらくはシラミやノミといった衛生害虫を駆除するために使用されました。戦後衛生環境が悪化した日本では、「アタマジラミ」が大量発生しました。シラミは、「発疹チフス」という致死率10~60%とも言われる恐ろしい感染症を媒介する大変危険な衛生害虫です。それが、DDTを大量に散布することでほとんどいなくなりました。当時はシラミを退治するために女の子の頭から白い粉のDDTを頭から振りかけて全身真っ白になっている光景がちらほら見られたようです。当時の男の子はみんな坊主だったから必要なかったらしいです。
DDTを使用することで、推定ではありますが200万人が発疹チフスから救われたと言われています。
このようにDDTはノミ、シラミ、カなどの衛生害虫駆除にも広く使用されました。特に、マラリア対策において大きな効果を発揮しました。スリランカでは1946年からDDTの使用が始まり、わずか17年間でマラリア患者数が250万人から17人へと劇的に減少しました。このような功績により、ミュラーは1948年にノーベル医学・生理学賞を受賞することになりました。
DDTの環境への影響
しかし、1962年にレイチェル・カーソンの「沈黙の春」が出版されると事情が一変しました。これは、DDTを含む殺虫剤が環境にどのような影響を与えているのかを主張した書籍でした。これはベストセラーになり、アメリカで環境運動が引き起こされる起爆剤になり、DDTを含む有機塩素系殺虫剤の残留性と毒性が大きな社会問題として浮上しました。それから様々な調査が行われ、環境への影響を検討した結果、DDTの使用は多くの国で禁止されることとなったのです。しかし、DDTによって抑えられていたハマダラカの数が増え、マラリア患者数が再び増加するという現象も発生しました。
LD50
LD50の数値を見る限り、特別数値が低いというわけではありませんが、大量に摂取するとそれなりに危険ではある数値です。皮膚からの吸収量は高くはないと思われますが、頭から振りかけるのはさすがにやめた方がいいでしょう。
中毒症状
DDTには多くの中毒症状がありますが、特徴的なのは周期的・持続的な震えやけいれんです。今回は特にこの症状がどのようにして発生するのかを見ていきます。
作用機序
今回は前提知識として「神経伝達の仕組み」と、「伝導と活動電位」についての知識が必要になります。それぞれについては過去記事で解説をしているので、適宜そちらを参考にしてください。
毒性メカニズム
電位依存性Naチャネルが活性化すると、細胞内にNa+が流入し周囲の電位が上昇することで活動電位が発生します。したがって、電位依存性Naチャネルは活動電位の発生において非常に重要な役割を持っています。そして、必要なタイミングでこのチャネルが閉じることも非常に重要です。チャネルの開口している時間はおよそ1ミリ秒と言われていますが、DDTはこれを延長させてしまいます。このチャンネルがうまく閉じないと、必要以上にNa+が侵入することになります。これによって起こるのが脱分極が引き延ばされてしまう現象です。活動電位の鋭いスパイクがならされて丘のようになってしまうというわけです。
実は、電位がゆっくりゆっくり下がることは大きな問題を引き起こします。本来なら一気に電位が下がるため、途中で再度Naチャネルが活性化することはありません。しかし、ゆっくり下がっているうちに不活化していた電位依存性Naチャネルの不活化が解け、下がりきっていない電位で再度活性化してしまうのです。したがって、本来は発生しないはずの活動電位が複数回発生してしまいます。
このような活動電位の多発によって、震えが発生したり、ひどい場合ではけいれん等といった症状が発生するようになります。
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