最後の晩酌「エチレングリコール」

解説

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エチレングリコールとは?

エチレングリコールは無色透明で無臭の粘稠な液体で、水やアルコールに溶けやすく甘味を持つ液体です。自動車の不凍液や冷却剤や工業用原料としても頻繁に使用され、PET樹脂の原料やポリエステルなどの合成繊維への加工に使われます。また、保冷剤や溶剤、航空機の除氷液としても使用されています。このようにエチレングリコールにはかなり多くの用途が存在しています。

60%のエチレングリコールと40%の水の混合物は-45°Cで凍結します。エチレングリコール誤飲しやすいため、現在は不凍液に苦味剤が添加されることが多いようです。

歴史と用途

エチレングリコールは1856年にフランスの化学者により合成されました。当初はグリセリンの代わりにダイナマイトの製造に使われていました。

そして、空調やエンジンの冷却液としても使用されています。当初は水が使用されていましたが、凍結によって水が膨張すると機器が破損してしまいます。したがって、水の凝固点を下げるために水に物質を溶かし込み、その融点を下げる試みがなされていました。また、電解質を溶かすと金属を腐食してしまうため、非電解質である必要もありました。そこで目をつけられたのが「メタノール」です。しかし、メタノールは揮発しやすい問題がありました。それから様々な物質が検討され、1926年頃、揮発性の低い「エチレングリコール」が採用されるようになりました。

エチレングリコール混入事件

2022年、インドネシア、インド、ウズベキスタンで市販の咳止めシロップを服用した300人以上の子どもが死亡した事件が発生しました。死亡事例は2022年7月にガンビアで初めて報告され、その後他国に広がっていきました。

この原因が市販の風邪薬に混入した「ジエチレングリコール(DEG)」と「エチレングリコール」が原因とされています。意図的に混入されたのかそうでないのか、どの段階で混入していたのかもはっきりしていません。

エチレングリコールの体内動態

エチレングリコールは、経口摂取後すぐに消化管から吸収されます。およそ1時間で血中濃度が最大になります。

エチレングリコールは8割が代謝されると言われています。まず、アルコール脱水素酵素によってグリコアルデヒドに代謝され、続いてアルコール脱水素酵素やアルデヒド脱水素酵素によって、グリコール酸及びグリオキシル酸.シュウ酸に変換されます。

未変化のエチレングリコール及び代謝物のほとんどは尿中に排泄されます。血中濃度半減期は約3~5時間程度、代謝物の半減期は12時以上と言われています。

LD50

これまで解説してきたものに比べると大き目の数値といったところです。ヒトの場合、純粋なエチレングリコールの致死量は経口摂取で1.0~1.5 mL/kgであるとされています。

中毒症状

ステージ1(30分から12時間)
摂取後数時間はアルコールのように一過性の興奮が発生したり、中枢神経の抑制作用が発生します。

この時点では代謝は進んでいないため、浸透圧ギャップが開きます。浸透圧ギャップはエタノールを飲むことでも上昇するので特別危険と言うほどではありません。

それから摂取後数時間でエチレングリコールの代謝が進行し、それに伴い浸透圧は正常化される一方で代謝性アシドーシスが発生します。中毒はこの時点が最も重症であると言われています。
ステージ2(12~24時間)
呼吸・循環器症状が特徴的です。代謝性アシドーシスは引き続き存在しています。
ステージ3(24~72時間)
腎障害が発生します。尿細管壊死、急性腎不全、低カルシウム血症
特に代謝性アシドーシス、循環不全、腎不全によって死亡する可能性があります。

作用機序

時間経過で症状が大きく変わりますが、これらの症状は異なる機序で発生しています。ここからはそれぞれの機序について解説をしていきます。

代謝性アシドーシスの発生

経口摂取によって体内に入り込んだエチレングリコールは消化管から速やかに吸収され、血中濃度が上昇します。血中濃度の上昇に伴い、アルコールと類似した作用を発揮します。また、ここで粘膜の刺激作用によって胃炎が発生することもあります。血中にエチレングリコールが増加することで、血漿浸透圧が上昇し、それによって細胞との間に浸透圧差が発生します。(これはエタノールでも同様の反応が起こる)

それから肝臓で代謝を受けてエチレングリコールは様々な代謝物へ変換されていきます。その代謝スピードは遅いため、次第に代謝物が体に蓄積することになります。そして、特にこの代謝物が問題になります。

代謝物はクエン酸回路を抑制することによって細胞のエネルギー産生経路を抑制すると言われています。クエン酸回路が抑制されると、細胞は主要なエネルギー産生経路が抑制されるため、細胞はエネルギー不足に陥ります。このままでは生存に関わるため、細胞は別の手を打ちます。それが嫌気性代謝です。これによって、副産物の乳酸が大量に発生することになります。この時発生する乳酸含め、グリコール酸・グリオキシル酸は酸性の物質のため、代謝性アシドーシスを引き起こします。

代謝性アシドーシスでは上図のように様々な現象が発生し、それぞれが生命維持機能にダメージを与えていきます。体が酸性に傾くことで酸素供給量が減少したり、酵素の機能が損なわれたり、非常にまずい状態になります。同時に複数の現象が発生し、それぞれが複雑に機能するためこちらでは解説することは出来ません。

腎不全の発生

エチレングリコールは代謝が進み、最終的にシュウ酸まで代謝されます。このシュウ酸は体内に存在するCa2+と結合し、シュウ酸カルシウムを形成します。シュウ酸は全身循環に移行して体中をめぐるため、体内に存在するCa2+と結合しそこらじゅうでシュウ酸カルシウムを形成し組織に沈着し組織にダメージを与えます。そして、シュウ酸は尿から排泄されるためその影響を最も大きく受けるのは「腎臓」です。腎臓がシュウ酸カルシウムによって障害を受けた結果、急性の腎不全が発生してしまいます。

腎臓の機能が低下すると

腎臓は様々な働きを持っていますが、上図は代表的な働きを簡単にまとめました。

腎臓の機能が障害されると、これらの機能が低下して体の恒常性維持に支障をきたすことになります。特に「老廃物の排泄が出来なくなること」「体内の水分量と電解質の調整」が出来なくなることが問題となります。これらがうまく出来ないと恒常性の維持が出来なくなってしまいます。

エタノールとエチレングリコール

ここまでの解説でエチレングリコールそのものが悪さをしているというよりはその代謝物の毒性が強烈であるので、エチレングリコールが代謝されないようにし、エチレングリコールをそのまま尿から排泄させることでその毒性を軽減することが出来ます。

エチレングリコールが最初に代謝を受けるのが「アルコール脱水素酵素」ですが、実はエタノールもこの酵素によって代謝されます。そして、なんとエタノールはアルコール脱水素酵素に対してエチレングリコールの100倍の親和性を持っていると言われています。そのため、エタノールとエチレングリコールが同時に存在するとエチレングリコールよりもエタノールを優先的に処理し、エチレングリコールの代謝量を減らすことが出来ます。

ただし、アルコール脱水素酵素によってエチレングリコールが代謝され切ってしまうとエタノールで毒性を抑えることは出来なくなってしまいます。

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