諸刃の剣の抗がん剤「パクリタキセル」

解説

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パクリタキセルとは?

パクリタキセルはイチイ科の木に含まれるアルカロイドです。アルカロイドとは植物に含まれる含窒素塩基性化合物の総称です。アルカロイドには様々な生物活性を示す物質が数多く知られており、医薬品として有用な化合物も多く存在しています。有名なところでは、モルヒネ、ツボクラリン、ニコチンなどが挙げられます。以下は過去に解説したアルカロイドです。合わせてお読みいただくと理解が深まります。

1966年にタイヘイヨウイチイの樹皮から単離され、それが「タキソール」と命名されました。
発見当初はタキソールが一般名として認識されていましたが、1990年にアメリカのブリストル・マイヤーズスクイブ社がこれを含む製剤の商品名を「タキソール」としました。そのため、特定の企業商品を連想させないように、一般名が「パクリタキセル」と変更されました。

現在の一般名は「パクリタキセル」ですが、歴史の話をするときだけ「タキソール」と呼ぶのでご注意ください。

タキソール(パクリタキセル)発見の歴史

タキソールは1958年からアメリカの国立がんセンターNationalCancerInstitute(NCI)によって行われた天然物由来の抗がん活性を調べる大規模スクリーニングによって発見されました。その時約1000種の植物抽出物が調査され、1964年にタイヘイヨウイチイの樹皮に細胞毒性があることが分かり、抗がん剤として使用できる可能性が考えられました。その後の研究で、タキソールが他の抗がん剤とはまったく異なる独自の機序で機能していることが明らかになりました。そのため、タキソールの抗がん剤としての効果を検証することになりました。

しかし、タキソールが実用化されるまでには20年ほどの時間がかかりました。その理由は、タキソールが溶媒に対して溶けにくく製剤化が困難であったこと、タキソールの合成が困難でタキソールの供給元がイチイの木から抽出するしかなかったため、十分な量を確保することが難しかったこと、タキソールが複雑な化学構造を持っていたため、簡単な化合物を元に低コストで合成することが困難であったこと等複数の理由があります。

適応にもよりますが、成人一人の治療にタキソールは年間3g程度が必要となります。これはどのくらいの量であるかですが、イチイ属樹木間で多少の含有量の差はあるものの、樹齢100年の木で約0.3gしか含まれていないと言われています。つまり、一人の治療に樹齢100年の木が年間10~20本程度必要ということになってしまいます。

よって、タキソールを確保するためには大量のタイヘイヨウイチイの樹皮が必要になるわけですが、樹皮を剥ぐと木が枯れてしまいます。しかし、何とか臨床試験を実行するために、大量のタイヘイヨウイチイを伐採して必要量を確保したようです。しかし、このままでは種の存続に影響するということで、タイヘイヨウイチイ以外のイチイ科の木からタキソールの獲得、化学合成など様々な方法で入手が試みられています。

現在はイチイの細胞をタンクで培養しそれからタキソール原薬を得るという手法で生産されているようです。

パクリタキセルの作用機序

簡単に解説すると、パクリタキセルは細胞の増殖に対して作用し、それを妨害するような作用を持っています。

以下、作用機序の解説を行います。

微小管とは

微小管は細胞の骨格の一部で、細胞の形状を保持し、細胞内の物質の輸送や細胞分裂に関与する重要な役割を果たします。この微小管は「α-チューブリン」「β-チューブリン」というタンパク質からできており、その両方が結合して強固な2量体を形成し、それらが筒状の管を形成し微小管を形成しています。

微小管は必要に応じて常に重合と脱重合を繰り返しています。また、「キネシン」や「ダイニン」というモータータンパク質が微小管に沿って移動し、細胞内の物質の輸送経路に重要な働きをするなど、細胞の中を走るレールのようなものとして機能しています。そして、微小管は細胞分裂の際に「紡錘体」と呼ばれる細胞分裂の際の構造物の主成分として機能しています。

今回は特に、細胞分裂の時のどのように活躍しているのかを見ていきます。

微小管は細胞分裂において染色体の配置や分離に重要な役割を果たしています。細胞は間期でDNAを増殖し、それが完了し分裂の準備が整ったときに増殖を開始します。ここで、問題なく中期まで分裂が進んだとします。中期は細胞の中央に増幅した姉妹染色体が並びますが、このままでは分裂後のそれぞれの娘細胞に等しくDNAを分配することが出来ません。この時活躍するのが、微小管が中心となって構成されている「紡錘体」です。これがそれぞれの細胞にDNAを引っ張り両極へ移動させることで細胞分裂を上手く成功させています。

パクリタキセルと微小管

パクリタキセルは、β-チューブリンに可逆的に結合してα-チューブリンとβ-チューブリンの結合を強化し、微小管の重合を促進する作用を持っています。パクリタキセルによってチューブリン同士の結合強度が強くなることでチューブリンの脱重合が阻害されてしまいます。そして、それによって染色体の分離機構が阻害され細胞分裂が停止してしまった結果、アポトーシスが誘導され細胞死が引き起こされてしまいます。

正常細胞とがん細胞への作用

パクリタキセルは以上のような機序で抗がん剤として機能しています。

ここまで解説してきてすでにお気づきの方もいると思いますが、パクリタキセルは分裂途中の細胞であれば正常な細胞でもがん細胞でもどちらにでも作用してしまいます。

がん細胞だけを狙い撃ちできればそれが最もいいではありますが、そのためにはがん細胞だけに発現している生存・増殖に必須の遺伝子を標的にする必要があります。しかし、そのような因子を発見した上に特異的にそれを抑えることはかなり困難です。

パクリタキセルはがん細胞の方が増殖が盛んであることを利用して、細胞分裂を妨害することでがん細胞により大きな打撃を与えるというタイプの薬になっています。どうしても正常な細胞の分裂も影響を受けてしまうため、細胞の増殖が盛んな組織が影響を受け、下痢とか脱毛のような副作用が現れるようになります。

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