うま味調味料の10倍うまい毒キノコ「ベニテングタケ」

解説

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ベニテングタケとは?

ベニテングタケはテングタケ属のキノコで、9~10月にかけてユーラシア大陸世界各地で見られるキノコです。赤い傘に白い模様が特徴的です。昔からベニテングタケの汁をハエが舐めると動けなくなるということが知られていました。その作用を利用して昔はハエ取りに利用していたようです。そのため、日本ではアカハエトリダケ、アカハエ、アカハイ、ハエトリとも呼ばれています。

ベニテングタケはその見た目も有名ですが、それに含まれるイボテン酸が有名です。なんと、イボテン酸はうま味調味料として使用されているグルタミン酸の10倍以上も強いうま味を持っています。

同じテングタケ属で食用にもなる「タマゴタケ」と間違えて食べられる事故も発生しています。

ベニテングタケは毒キノコではありますが、世界中で何とかしてこれを食べる工夫がされています。例えば、ロシアではウォッカに漬けて薬用酒と、長野県や宮城県など一部の地域では乾燥させたり、塩漬けにしたりして食べることがあるようです。

ベニテングタケの致死量は10~20本程度であると言われています。しかし、地域や季節によって毒成分の含有量は大きく異なるため注意が必要です。一度問題なく食べられたからといって、次も問題なく食べられるという保証はありません。春と夏のキノコには秋のものに比べて最大10倍程度イボテン酸とムッシモールが含まれていたという報告もあるため、基本的には食べない方がよいかと思います。食べて何ともなかったという感想は、たまたま毒が少なかっただけで、次どうなっているのかは予想もつかないため、食べるととんでもないことになる可能性があります。

また、ベニテングタケはヨーロッパでは古来から宗教的なシンボルとして認識されていたようで、絵画などに時々ベニテングタケが描かれていることがあります。そして、幸福をもたらすキノコとも考えられていたようで、装飾品のモチーフにされていたり、クリスマスカードに描かれていることもあります。

他にもキノコのモデルとして用いられることもあります。日本人の身近なところでは、ベニテングタケがモチーフとされているモノには、スーパーマリオブラザーズのキノコがそうだと言われています。

ベニテングタケの中毒症例

ここで中毒症例を一つご紹介します。

夫婦はベニテングタケを摂食し、それからしばらくして中毒症状が発現したという話です。命に別状はありませんでしたが、強烈な中毒症状に苦しめられたようです。この症状がどうして起こったのかをここから先では考えていきます。

ベニテングタケの毒性

最初にベニテングタケの毒成分である「イボテン酸」「ムッシモール」のLD50についてみていきます。

LD50についての詳細は別記事をご覧ください。↓

ムッシモールとはイボテン酸が脱炭酸されて発生する物質です。イボテン酸は多少不安定な物質であるため、一部勝手に分解されてしまいます。それで発生するのがムッシモールです。

イボテン酸とムッシモールのLD50は上図の通りです。

図の一番下には以前解説した死の天使である「ドクツルタケ」の毒成分である「α-アマニチン」のLD50を参考に載せています。α-アマニチンのLD50と比較すると、ベニテングタケには強烈な毒性はないと思われますが、毒性が弱いわけではないということが分かります。

イボテン酸とムッシモールの体内動態

イボテン酸は経口摂取後20~60分で未変化体として尿中に排泄されます。イボテン酸は不安定な物質で、容易に脱炭酸し、ムッシモールに変化してしまいます。一部は脱炭酸されてムッシモールとなり、6時間以内に尿中に排泄されます。そのため、影響はそこまで長く続くことはないと思われます。

先ほど紹介した症例では、尿中にムッシモールとイボテン酸の両方が排泄されていたため、体内では両方とも毒性を発揮しているのではないかと考えられます。

中毒症状

ベニテングタケの症状はあまり予測することが出来ないと言われています。まったく紹介しないのもアレなので、よくみられる症状について解説します。

食後30分ほどで下痢、腹痛などの消化器系の症状が発現し、他にはめまい、運動失調、精神錯乱、幻覚、痙攣などの症状がみられることがありますが、死亡はかなりまれと言われています。症状はおよそ9時間以内で消滅し、24時間以上持続することはそうそうありません。

作用機序

体内で両方が毒性を発揮している可能性があることから、両方について解説することとします。

中枢神経と神経伝達物質

神経伝達は単純に神経を電気信号が伝っていくだけというわけではなく、そこにはややこしい複雑な仕組みが存在しています。詳しくは過去記事で解説しているのでそちらを参照してください。↓

中枢神経系は非常に多くの神経細胞が協調して働くことでその機能を発揮しています。そして、これらが正常に機能するためにはそれぞれの神経細胞の機能が絶妙に調整されている必要があります。神経細胞は興奮シグナルと抑制シグナルの両方の信号を受信しており、それらがうまくバランスを取っていることで正常に機能することが出来ています。

中枢神経では、神経が過剰に興奮しすぎないよう、または興奮が抑えられなさすぎないように厳密に調整されています。当然これらの調整も他の神経細胞からの神経伝達物質によって行われています。この時使用される神経伝達物質に「グルタミン酸」「GABA」が存在します。グルタミン酸が興奮シグナルを、GABAが抑制シグナルを担当しています。

イボテン酸の機序

イボテン酸はグルタミン酸と類似した構造を持っているため、グルタミン酸なしに受容体を刺激することが出来ます。そのため、グルタミン酸の有無に関わらず、イボテン酸は強制的に神経細胞に興奮性の刺激を与え続けることになります。このため、厳密に調整されている必要がある中枢神経細胞の機能が障害されてしまいます。ちなみに、イボテン酸はグルタミン酸の3~7倍の中枢神経興奮作用を持っているため、破壊力はそれなりにあります。

ムッシモールの機序

ムッシモールはGABAと類似した構造を持つため、GABAと同様にGABAA受容体を刺激することが出来ます。そのため、GABAがあろうがなかろうが受容体を刺激することが出来るため、神経細胞に強力な抑制シグナルを与え続けることになります。よって、厳密に調整されているべき中枢神経が過度に抑制されてしまいます。

ベニテングタケの中毒症状が読めない理由

ここまでの解説でベニテングタケの中毒では神経系の抑制と興奮の機能が同時に発揮されると解説しました。これらは相反するものですが、両方同時に存在する時どういう症状が現れるでしょうか?ここまでがそうでないわけではありませんが、ここから先は私の考察になることをご注意ください。

抑制と興奮の刺激のうち、綱引きのようにその作用がより強かった方の影響が出るのだろうと考えられます。結構単純に思えますが、イボテン酸とムッシモールの体内動態が話に関わってくるため案外複雑になります。イボテン酸の方が体内から排泄されるのが早いため、どちらかというとムッシモールの効果が残りやすいのではないかと思います。ただし、ムッシモールの生成量でイボテン酸とのパワーバランスが変わってくるので予想はかなり難しくなります。そのため、症状の予想がつきにくいというわけです。

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