どうやっても毒物感の薄い「イブプロフェン」

解説

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イブプロフェンとは?

イブプロフェンは非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の一つで、よく解熱剤や鎮痛剤として使用される成分の一つです。頭痛、関節痛、生理痛に対する鎮痛作用や解熱作用を持っています。イブプロフェンはアスピリンやアセトアミノフェンに比べると副作用が少なく、大量に服用しても比較的安全性が高いことから広く用いられています。

イブプロフェンを含む処方薬としては「ブルフェン」、市販薬では「イブ」をはじめとして数多く存在しています。市販の風邪薬や消炎鎮痛剤にも配合されているので容易に入手できますが、それゆえODされる頻度の高い薬でもあります。処方薬では100~200mg、市販の風邪薬では150mg程度が含まれています。風邪で服用する場合の添付文書の上限は1日600mgです。

イブプロフェンの歴史

イブプロフェンの登場以前の鎮痛剤といえば「アセチルサリチル酸(アスピリン)」でした。アスピリンは優れた鎮痛・解熱・消炎作用を持っていた上に、麻薬のように陶酔感や耐性を生じることもないという素晴らしい薬でした。しかし、大量に服用することで急性毒性が問題になったり、慢性毒性が比較的高頻度で見られるなど問題点もあったため、アスピリンの欠点を改善したよりよい薬を開発する研究が各所で行われていました。その結果生まれたのがイブプロフェンです。

イブプロフェンは1960年代にイギリスのブーツグループという企業によってプロピオン酸から合成されました。名前の由来は、イブプロフェンを構成するイソブチル基フェニルプロピオン酸の名前を組み合わせてつけられました。

1969年に最初にイギリスで関節リウマチの治療薬として発売され、日本では1971年に発売されました。イブプロフェンはアスピリンやアセトアミノフェンよりも副作用が少なく、大量に服用しても比較的安全であったため、現在も広く使われています。

イブプロフェンの小話

ちなみに、イブプロフェンには実は2種類の構造が存在しています。これらは鏡に映すと重ねることができるため、鏡像異性体と呼びます。それぞれの異性体を左手型がS異性体、右手型がR異性体と呼び区別されています。

これら2種類の鏡像異性体がそれぞれ薬効を示すかというと、実はそうでもありません。我々が認知しているような薬効を示すのはなんとS体のみです。R体は残念ながら全く薬効を示しません。それなら薬として使われているのはS体のみと思われるかもしれませんが、実は、R体とS体の両方が50%ずつ混ざった状態「ラセミ体」として存在しています。

他にも、片方のみが薬効を示すという物質は割といくつかあるので軽く紹介します。

オメプラゾールのS体である「エソメプラゾール」、セチリジンのR体のみを集めてきた「レボセチリジン」、ゾピクロンのS体のみを集めてきた「エスゾピクロン」などわりと色々とあります。これらは効果の増強や副作用の低減を目的に片方だけが獲得できるように工夫して合成されています。

ここで、「イブプロフェンのS体だけを合成して、より強力なエスイブプロフェンを作ればよりよいのではないか?」と思われると思います。では、イブプロフェンではこのような工夫はされなかったのかですが、特に必要なかったのでされませんでした。

イブプロフェンは確かに両者が混合していますが、なんと体内にはR体をS体に変換する酵素が存在しているため、R体が体内でS体に変換されるということが分かっています。そのため、わざわざ分けて合成する必要がなくなったので放置されているようです。

しかし、この情報は1990年代の情報であり、S体のみにしたら鎮痛効果が大幅に上がったとする報告もあるので詳細はまだ明らかになっていないのかもしれません。これからの研究に期待ということでここは閉めさせていただきます。

イブプロフェンの毒性

それではイブプロフェンの毒性について解説していきます。まず最初にそのLD50についてお話しします。LD50については過去記事を参考にしてください。

LD50の数値的には毒物とは全く言えない程度の数値をしています。不適切ではありますがこれをヒトにそのままに当てはめると、60kgのヒトで約38gというとんでもない量となります。100mgの錠剤で約380錠が必要となるため、常識的な使用では決して届きません。イブプロフェンの安全性の高さがよくわかります。

イブプロフェンは大量に服用したとしても、基本的に無症状か、軽い消化器症状や軽い中枢神経症状が現れる程度で、健常人がイブプロフェン中毒で亡くなるということはほとんどありません。まれに死亡例もありますが、それは他の物質の中毒と複合しているか、重症の疾患を抱えている場合がほとんどのようです。

イブプロフェンの薬物動態

イブプロフェンの薬物動態について簡単に解説します。

イブプロフェンは経口摂取後に消化管からすぐに吸収され、血中濃度は摂取後1~2時間程度で最大になります。そのため、効果発現にもその程度の時間がかかるということが分かります。

体内に分布したイブプロフェンはほとんどが肝臓で代謝を受けて不活性代謝物になります。そのあと代謝物は尿中に排泄されます。

イブプロフェンの作用機序

今回は薬として広く用いられている物質なので、最初に薬としての側面から解説していきます。

簡単に解説すると、炎症性メディエーターというものの生成を阻害することで炎症を抑制したり疼痛の発生を抑えたり等するって感じです。

炎症とはなに?

炎症とは、組織が障害されたことに対して生体がその因子を排除し、障害を修復するために生じる一連の防御反応のことです。

組織が物理的・感染・アレルギーなどによって障害されると、マスト細胞やマクロファージなどから炎症を発生させるメディエーター(炎症性メディエーター)が放出されます。これらのメディエーターによって、血管が拡張し血流量の増加による発赤・熱感、血管透過性の亢進によって血漿成分の滲出によって疼痛・腫脹が発生します。他にも、血管透過性の亢進と血管拡張による血流量の増加、それと同時に白血球が動員され組織を傷害している因子の排除が行われます。これらによって炎症を発生させている原因が取り除かれ、組織の修復が行われます。

炎症は複雑な機序で発生していますが、その発生には「炎症性メディエーター」が深く関わっています。体内にはそんな炎症性メディエーターが作られる経路として「アラキドン酸カスケード」が存在しています。

アラキドン酸カスケードとは?

アラキドン酸カスケードは刺激によって発生した細胞膜を構成するリン脂質を原料に次々に反応が起こり、最終的に「ロイコトリエン」や「プロスタグランジン」などの炎症性メディエーターが発生します。

イブプロフェンは下図のように、このシクロオキシゲナーゼを阻害することで炎症性メディエーターの生成を抑制し、炎症を抑えます。

イブプロフェンの毒性メカニズム

毒性を発揮する機序は実はおおよそ同じもので、シクロオキシゲナーゼを阻害することによって発生します。そのため、作用機序をもう少し深堀りしていこうと思います。

実はシクロオキシゲナーゼには、「シクロオキシゲナーゼ-1」「シクロオキシゲナーゼ-2」が存在していて、これらの酵素は少々異なる性質を持っています。

シクロオキシゲナーゼ-1は全身の組織に発現していて、必要な分だけプロスタグランジンを合成するという機能を持っています。様々なところで機能しているため、代表的なものをいくつかピックアップして解説します。

胃
プロスタグランジンは胃の血流を維持する働きを持っています。これが減少することで胃の血流が減少し、粘膜の分泌量が減少します。つまり、胃の胃酸に対する防御力が低下するわけです。したがって胃酸によって胃がダメージを受けやすくなってしまいます。
腎障害
プロスタグランジンは動脈を拡張させて腎臓への血流を維持する作用があります。
これを抑制することで腎臓への血流が減少し、糸球体ろ過量が減少します。これによって腎臓の血液濾過能が低下してしまいます。

このように、プロスタグランジンは体の機能維持に関わっています。そして、それが抑制されてしまうことが問題となってきます。

それに対してシクロオキシゲナーゼ-2は、主に炎症が発生した部位に発現し炎症性メディエーターを発生させる機能を持っています。つまり、炎症に関わるのは主にシクロオキシゲナーゼ-2ということになります。

イブプロフェンはシクロオキシゲナーゼ-2のみではなく、これらの二つの機能を両方とも阻害します。

代謝性アシドーシス

イブプロフェンもその代謝物もどちらも酸性の物質であるため、血中にこれらが蓄積すると血液が酸性に傾きます。

体内のpHは厳密に定められていて、7.40±0.05程度の超狭い範囲で制御されています。pHの変動はタンパク質の変性につながるため、死に直結するためです。他にも、pHの変動によって酵素の働きが障害されてしまうなど、生命維持に非常に大きな支障をきたすからです。

それでは具体的に何が起こるのか?ですが、アシドーシスでは全身の生命維持機能が障害されるため、何が起こるのかを説明することが出来ないので、ここでは一部紹介します。

・シナプス伝達が抑制されるため中枢神経機能の抑制が発生します。

・呼吸によって炭酸イオンを排泄するために呼吸が亢進し、呼吸苦が発生します。

・心血管系では心拍出量の低下、血圧の低下、それに伴う各種臓器への血流減少が起こります。

・細胞からK+が放出されることから、高カリウム血症が発生します。

・インスリン抵抗性が急上昇し、グルコースの取り込み量が減少かつ肝臓における乳酸の産生が増加し、より酸性に傾いていきます。

今回挙げたのは一例ですが、ありとあらゆる方向から生命維持を困難にしていきます。そのため、正常なpHを保つことが生命の維持に必要不可欠というわけです。

しかし、いろいろ調べてみましたが、イブプロフェンは頑張っても毒物に出来ませんでした。それだけ安全性が高かったということで今回は終わりたいと思います。

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