人類の英知の詰まった「クラーレ」

解説

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クラーレとは?

クラーレは南米の先住民が古くから狩猟に用いてきた矢毒で、様々な植物から抽出された様々なアルカロイドの総称です。そのため、地域によって使用されている植物が異なったり、呼び名が異なったりする場合があります。地方によってクラリ、ウラリなどと呼び名が異なりましたが、書物に「クラーレ」と記載されたことからその名前で広まりました。ちなみに名前の由来は、現地の言葉で「鳥を殺す」という意味があるようです。

現在でも、南米で生活する原住民のヤノミ族の間では樹皮を煮詰めてクラーレを生産しています。彼らの作るクラーレは力価が低いため、それなりに量が必要になります。そのため、何層にもクラーレを塗って使用しています。

通常毒殺した獲物を摂食するとその毒によって中毒を発生する場合があります。例えば、アイヌが用いた矢毒である「トリカブト」では仕留めた動物を摂食すると中毒を起こす場合がありますし、アフリカの原住民の用いる「ストリキニーネ」は矢の周りの肉は取り除いて食用にすると言われています。しかし、ツボクラリンは経口摂取では毒性を発揮しないため、特別な処置をせずとも毒殺した獲物を食べることも出来ました。ただ、クラーレの味はまずいようです。

「クラーレ」は原料であるツヅラフジ科のコンドデンドロン属の植物の樹液から抽出したものですが、その有効成分はツボクラリンです。

クラーレの歴史

南米先住民の間では、クラーレは蓄えている容器によって「壷クラーレ」、「竹筒クラーレ」、「ひょうたんクラーレ」という風に分類されていました。

ヨーロッパ人がアマゾンに到達したばかりの16世紀頃は、クラーレが何から作られるのか、どのようにして作るのか、何が含まれているのかなど全く分からない状態でした。そのため、ヨーロッパ人たちはクラーレについて強い興味を抱いていましたが、クラーレは現地人にとっての「秘術」に相当するものだったようで、それについて教えてもらうことは出来なかったようです。そのため、彼らはクラーレがいったい何者なのか、各地を探検し、様々な研究を行い解明しようとしました。

ここではクラーレの作用を調べるために行われた実験を二つ紹介します。

ロバの足の筋肉にクラーレを注射する実験

3匹のロバを用意し、それぞれの足の筋肉にクラーレを注射する実験が行われました。

1匹目は特に何も処置を施さず放置したところ数分で死亡しました。2匹目は足に止血体を巻き、血流を抑えてみました。その結果、1匹目よりは長く持ちましたが、それでも死亡しました。3匹目は肺に管を通し、人工的に呼吸を維持できるように処置をしました。その結果、クラーレの効果が切れるまで生き延びることが出来ました。

この実験によって、クラーレは呼吸が止まることで死亡するかもしれないと考えられるようになりました。

クロード・ベルナールの実験

フランスの生理学者であるクロード・ベルナールがカエルを使った実験で、クラーレの作用機序を解明する実験に成功しました。

その実験の内容は、「カエルの足の血流を遮断しそこにクラーレを注射した後に、刺激を与える」というものでした。足の血流が遮断されているため、クラーレは注射した部位では効果を発揮し筋肉を弛緩させますが、反対側の足には効果を及ぼさないため、筋肉は刺激に反応して動くという結果が得られます。

この実験によって、クラーレによって発生する麻痺は中枢神経が麻痺するわけではなく、末梢神経の麻痺によるものであることが分かりました。また、筋肉の機能も正常であったことから、クラーレの作用点は筋肉と神経のつなぎ目である「神経筋接合部」であることが分かりました。

このような実験が数多く行われたことでクラーレの成分について研究が進みました。1939年にはついにその活性成分の構造が決定し、それが「ツボクラリン(tubocurarine)」と命名されました。ようやく作用が明らかになったため、次はツボクラリンの活用方法が様々模索されました。

ツボクラリンの登場によって、手術中の筋肉の動きを抑制することが出来るようになりました。1936年のグリフィスによってはじめて臨床的な麻酔に用いられました。しかし、その当時筋弛緩薬を用いて呼吸を停止させて麻酔を行うことは非常に危険な行為でした。人工的に呼吸を補助する知識も乏しかったため、多くの患者が呼吸不全で亡くなっています。多くの人の犠牲の上に現在の筋弛緩薬が実用化されたというわけです。

なぜ筋弛緩薬を麻酔中に使用するの?

手術によって筋肉に刺激が加わると筋肉には強い緊張が発生します。特に開腹手術では腹筋に緊張が発生するため、腹腔内圧が上昇します。それによって内臓が押し出され、体外に出てきてしまいます。ここで筋弛緩薬を用いることで、筋肉が緊張しなくなるため手術が容易になるようです。

ツボクラリンの発見によって、バルビツール酸による催眠、痛みを取る吸入麻酔、刺激による筋肉の反応を抑える筋弛緩を組み合わせた標準的な麻酔がなされるようになりました。現在されている麻酔は基本はこれとして、より安全な物質を利用して麻酔がなされています。

新薬の開発

様々な実験によってツボクラリンには筋弛緩作用があるということが判明しました。しかし、このツボクラリンは薬として量産するには構造が複雑で、化学合成が難しいという問題がありました。そして、天然物のため供給量も安定しないことも大きな問題でした。そのため、現在日本ではツボクラリンは筋弛緩薬としては使用されていません。しかし、ツボクラリンのこの性質は非常に魅力的であったため、この物質を参考に類似した化合物を合成することにしました。

その結果、「ベクロニウム」や「ロクロニウム」といった現在も使用されている筋弛緩薬が開発されました。それらはツボクラリンよりも筋弛緩作用が強く、また副作用の原因となる他の部位への作用も弱く設計されています。

ツボクラリンの毒性

それではツボクラリンのLD50についてみていきます。LD50とは何かは別記事で解説しているのでそちらを参考にして下さい。

https://www.yukkurikm.site/220424-2

ツボクラリンのLD50は経口と静注とで数値が大きく異なることが特徴です。これからも何となく察せると思いますが、

筋弛緩作用を持つため、全身の筋肉の弛緩は当然発生しますが、他にも様々な症状が発現することが分かります。

ツボクラリンの作用機序

筋肉の動き方

脳から運動の指令が発生し、それが電気信号として中枢神経・運動神経と伝わっていき、運動神経の終末から放出された神経伝達物質が筋肉の表面にある受容体に結合することから筋肉の収縮が始まります。この時に使用される神経伝達物質は「アセチルコリン」で、運動神経終末から放出されたアセチルコリンを受け取るのが「アセチルコリン受容体」です。

ツボクラリンは、アセチルコリン受容体のアセチルコリン結合部位に結合することが出来ます。ツボクラリンとアセチルコリンが同時に存在する場合はどちらか片方しか結合することが出来ません。要は、ツボクラリンとアセチルコリンがアセチルコリン受容体をめぐって椅子取りゲームをする感じです。

ツボクラリンはアセチルコリンと受容体の奪い合いをするわけですが、もしツボクラリンがアセチルコリン受容体に結合してもそれから先に信号を発することはありません。よって、受容体にツボクラリンが結合した場合、筋肉に届く信号の量が減少することになります。これによって筋肉に伝わる運動の指令が届かなくなってしまうわけです。運動の指令が届かなくなった結果、筋肉は弛緩したままになります。

全身の筋肉でこれが発生し、特に呼吸を担当する筋肉が機能しなくなることにより呼吸が停止してしまうことによって生命維持が出来なくなります。

なぜクラーレを経口摂取しても問題ないのか?

クラーレは獲物を毒殺した後特別な処理をせずそのまま食べられていたようですが、これについて考察していきます。

まず理由としては二つあると考えています。それが「ツボクラリンの摂取量」と「ツボクラリンの吸収量」です。

ツボクラリンの摂取量
ツボクラリンは獲物を毒殺する目的で使用します。毒の使用量は獲物の体格によって変わりますが、基本的に人間の致死量に比べると少ない量になるはずです。原住民が生産しているクラーレでは力価が低いので大した量ではなかった可能性もあると思われます。
ツボクラリンの摂取量
ツボクラリンは4級アンモニウムで、極性の高い物質です。経口摂取の場合、消化管の細胞膜を通過する必要がありますが、細胞膜は極性の低い物質ため、ツボクラリンは細胞膜を通過しにくいのです。そのため、消化管から吸収されにくいため作用点に到達することが出来ず毒性が発揮されなかったのではないかと考えられます。

以上の二つより、経口摂取ではクラーレの毒性が問題ならなかったのではないかと思います。

それでは今回は以上です。ここまでお読みいただきありがとうございました。

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