一瞬で窒息させる「青酸カリ」

解説

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青酸カリとは?

青酸カリは通称で、物質名は「シアン化カリウム」です。化学式では「KCN」で示されます。現在毒物及び劇物指定令で無機シアン化合物として「毒物」に指定されている物質です。

青酸カリは毒殺に利用される描写があることなどの理由から、その名前は非常に有名です。実際にその毒性の強さから、実際に事件が発生したこともあります。その一方、試薬や工業原料として広く利用されている物質で、金属めっき液などとしても利用されてきました。

過去には「昆虫の標本がきれいにできる」という理由で昆虫採集キットに青酸カリが入っていたらしく、文房具店や薬局に簡単に手に入ったようです。

浅草青酸カリ殺人事件

日本ではじめて青酸カリが使用された事件として、1935年の浅草青酸カリ殺人事件があげられます。

浅草青酸カリ殺人事件は、当時浅草区柳北小学校校長であった増子菊善が喫茶店で青酸カリによって毒殺された事件です。犯行当日は従業員の給料日であり、当時は現金での支給であったため、校長の持っているそれを狙った犯行であると考えられています。

犯行当日の夜に学校に出入りする足袋屋の主人が逮捕されました。1936年に死刑判決が下り、翌年に執行されました。また、この事件以来、青酸カリの毒性が世にしれわたり、自殺に使用する事例が多発したことから、青酸カリ入りの製品は発売中止になったようです。

青酸カリの毒性

この数値自体はかなり小さいため、相当に毒性が強いことがわかります。致死量は成人で200~300mg程度と言われています。

青酸カリは摂取後すぐに中毒症状が発現します。特にガスは症状の進行が早く、吸入とほぼ同時に作用が発揮されます。経口摂取の場合も数分以内に症状が発現します。全ての臓器に影響を及ぼしますが、特に代謝が活発な脳と心臓に大きな影響を及ぼします。

青酸カリの作用機序

二つの側面があるため、それぞれについて解説していきます。

強アルカリ性の影響

アルカリが体内で何を引き起こすのかについては「アンモニア」の解説で細かく解説しているので、今回はざっくり解説します。

タンパク質に対する影響
タンパク質が正常に機能するためには正常な構造を維持することが必須です。その構造の維持には「水素結合」が非常に重要な働きを持っています。
しかし、塩基は水素結合を切断してしまうためタンパク質の構造を「不可逆的に」変化させてしまいます。そして、タンパク質は変性し機能を失ってしまうわけです。当然消化管はタンパク質で構成されているのでこれは非常に大きな問題になります。
界面活性剤の生成
細胞膜に含まれる脂質と塩基が反応すると「界面活性剤」が生成されます。
界面活性剤は洗剤が汚れを取る時に機能する物質です。多数集合することで「ミセル」という構造を取り、その内側に汚れを取り込むことで汚れを水に溶かし込んで除去するわけですが、体内で発生する界面活性剤が作り出すミセルが取り込むのは汚れではなく「細胞の構成成分」です。構成成分が奪われた細胞は死亡します。

シアン化水素の発生

青酸カリの毒性の機序は2段階に分けることが出来ます。ここまで解説したアルカリとしての毒性は「胃酸に到達するまで」、これから先の機序は「胃酸との接触後に発生するもの」です。

シアン化カリウムは胃酸と反応し、シアン化水素が発生します。ここで発生したシアン化水素は速やかに消化管から吸収され、全身に移行します。このシアン化水素が非常に大きな問題になります。

細胞呼吸への影響

細胞は外部から物質を取り入れ、代謝によってそれらからエネルギーを取り出し活動しています。これには多くの反応が存在しており、それを一覧にしたのがこの図です。様々な反応が関係しているということが分かりますが、今回関係してくるのは図の右上の丸に存在する「電子伝達系」です。下は丸の中を拡大したものになります。

電子伝達系は、ミトコンドリア内に存在するクエン酸回路・β酸化などの代謝系から発生した生成物を利用して、大量のATPを合成する反応系です。電子伝達系には複合体が4つ存在しており、それぞれがミトコンドリアの膜間腔にH+をため込み、マトリクス膜間と腔の間にH+の濃度勾配を作り出します。

その濃度勾配を利用してH+の移動を起こさせることでATP合成酵素がATPを合成し、このATPを利用して細胞は生命活動を行っています。そして、今回の舞台になるのは複合体Ⅳ「シトクロムcオキシダーゼ」です。

シトクロムcオキシダーゼには鉄イオンが存在しており、反応の過程で酸化数がコロコロ変わることがわかります。この酸化数の変化は一連の反応において非常に重要です。

シアン化水素の毒性機序

吸収されたシアンイオンは鉄や銅などの金属イオンと強い親和性を持ちます。そのため、ミトコンドリアに存在する複合体Ⅳである、「シトクロムcオキシダーゼ」の活性中心に存在する3価の鉄イオンに結合し、酸化数の変化を起こせなくなります。その結果、シトクロムcオキシダーゼの機能は喪失します。

複合体Ⅳが機能しなくなると、唯一酸素を消費していた酸素の消費が出来なくなってしまいます。酸素が消費できなくなるため、細胞はそこに酸素が存在するのに酸欠となる奇妙な状態になります。また、ATPの生産が出来なくなるため、細胞内に存在するATPが急速に減少します。それによって細胞の生命活動が維持できなくなり死亡します。

しかし、一部好気呼吸が阻害されたとしても、何とか生き残った細胞が存在します。そのような細胞は、不足したATPを何とか確保するために「嫌気呼吸」を始めます。

嫌気呼吸の亢進

何とかしてATPを生産するために、細胞は急速に嫌気呼吸を開始します。しかし、嫌気呼吸では確かにATPは生産されますが、その量は非常に少なく、必要量を満たすことは出来ません。そして、これが行われれば行われるほど「乳酸」が蓄積し、体内が酸性に傾いていきます

乳酸アシドーシス

乳酸が増加し、体内が酸性に傾いていくと、体内の各種生命維持機能が障害を受け破綻します。具体的な機序を説明できるほど単純な話ではありませんが、その影響の一例を上に記載しました。

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