とってもありがたい毒物「アンモニア」

解説

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アンモニアとは?

アンモニアの名前の由来は、古代エジプトのアモン神殿辺りからアンモニウム塩が産出されたことから、それを「sal ammoniacum(アモンの塩)」と呼んでいたことが語源とされています。ちなみに、これは食塩と尿に含まれる尿素を微生物が代謝して生まれたアンモニアが反応して発生した塩化アンモニウムであると考えられています。

アンモニアは分子式NH3で表される無機化合物で、常温常圧で無色の気体で特有の強い刺激臭を持つ物質です。一般的には「臭い」物質くらいにしか思われていませんが、世界中で生産されているアンモニアの量は1.8億トンとも言われていて、実は工業的に非常に重要な物質です。例えば、肥料に含まれる硝酸アンモニウムや、冷媒、化学反応の原料等目には見えませんが幅広く活躍しています。

アンモニアと肥料の歴史

実は、窒素は生命維持に必要不可欠な元素です。しかし、人間は空気に含まれる窒素を直接体内に取り込むことは出来ません。そのため、何らかの手段で窒素を取り込む必要があります。

植物は土壌に含まれる窒素を取り込むことが出来、その窒素を必要な物質に変化させることで植物は生存しています。人間は植物が作った物質を摂取することでそこから窒素を獲得するわけです。

逆に言えば、植物は必要な量の窒素を取り込むことが出来なければ十分に生育することが出来ません。したがって、大量の植物を十分に生育させるには、大量の窒素が必要になるわけです。当然、自然に任せているのでは窒素の供給が間に合うはずもないので、不足した窒素を補うために肥料が必要になるわけです。

昔から植物の生育に特定の栄養素(窒素・リン・カリウム)が必要であるということは知られていました。それらを補うために、鳥のフンの化石であったり、動物の骨や糞尿などが用いられていたようです。特に糞尿が使用されていた場合、適切な処理を行ったものでなければ寄生虫や病原体の感染症のリスクが高く、危険です。そのような工夫をしてはいましたが、それでも昔は単位面積当たりの収穫量が少なかったため、農作物の量が不足気味で貧困状態にあったようです。

しばらくすると、肥料に硝石が有用である(窒素供給)とわかり、それが大量に使用されるようになりました。しかし、次第にこれも不足がちになったため、新たな窒素供給源が必要とされていました。そのため、窒素化合物を手に入れる方法が研究されるようになりました。

そして、開発されたのが「ハーバー・ボッシュ法」です。ハーバーボッシュ法は20世紀初頭に開発された空気中の窒素と水素からアンモニアを合成する方法です。この手法は空気中に存在する非常に利用しにくかった窒素を利用可能な形に変換する非常に画期的な方法でした。この功績で、開発者であるフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュは1918年にノーベル化学賞を受賞しています。

ハーバー・ボッシュ法の開発以前は「アーク放電」と呼ばれる方法が存在していましたが、これは非常にコストパフォーマンスが悪かったため、ほとんど使用されていませんでした。

ハーバー・ボッシュ法が開発されたことで、アンモニアを安定的に生産することが出来るようになりました。それによって肥料を大量に生産することが出来るようになり、急増した食料需要を満たすことが出来ました。他にも爆薬の原料となる硝酸の大量発生を可能としたため、平時には肥料を、戦時には火薬を作るために利用されたようです。ハーバーボッシュ法は現在も世界中で利用されている方法ですが、大量のエネルギーを必要とするために、現在新しい環境負荷の少ない方法が研究されているようです。

他にも、火力発電所の脱硝装置に利用されていたり、冷媒として使用されていたり、非常に幅広い用途があります。樹脂、染料、塗料、合成繊維など様々な製品が製造されています。

アンモニアの毒性

LD50
アンモニアは常温常圧で気体なのでLD50は測定不能です。

等曝露された部位によって幅広い症状が発現します。

作用機序

呼吸などによって体内に取り込まれたアンモニアは、粘膜に接触するとそこに存在する水分に溶け込み、水酸化アンモニウムとなります。水酸化アンモニウムとなる時に、水酸化物イオンを発生させ、これが塩基性を示し、これが組織を傷害します。

我々の体は細胞で構成されているわけですが、細胞はタンパク質や脂質など多くの構成要素からなっています。これらに水酸化物イオンが影響を与えていきます。

タンパク質に与える影響

タンパク質は多数のアミノ酸が結合したものですが、それが正しく作用するためには「正常な構造」をとる必要があります。そして、タンパク質は正常な構造をとるために、アミノ酸同士の間に水素結合という構造をとっています。水素結合とはアミノ酸のカルボキシル基アミノ基の間に形成される弱い化学結合のことです。この水素結合が乱されると、タンパク質の構造が不可逆的に変化してしまいます。

水酸イオンが増加すると、pHが上昇することによって、カルボキシル基とアミノ基から水素イオンが遊離します。その結果、水素結合が保てなくなり、タンパク質の構造が破壊されてしまいます。そして、その後pHが元に戻ったとしても同じ構造に戻ることはありません。これをタンパク質の変性と言います。

この作用によって、アンモニアは細胞に含まれるタンパク質を破壊し、細胞を破壊します。

脂質に与える影響

脂質とアルカリが反応することで「けん化」と呼ばれる反応が起こります。

けん化とは、脂質アルカリが反応し、一般的に「石けん(界面活性剤)」が生成される反応です。。

ここで発生した界面活性剤が、知覚に存在する細胞の構成因子を巻き込んでミセルを形成します。その結果、細胞は構成因子を奪われたことによって形状を保てなくなり死亡します。けん化によって発生する石けんの量は水酸イオンの量に依存します。そのため、高濃度のアンモニアに接触すればするほど多くの石けんが発生し、多くの細胞を破壊するため症状が重くなる傾向にあります。

このような機序で体の組織を破壊するため、アンモニアに接触した場合にはそれ以上反応が進まないように大量の水で洗い流す必要があるというわけです。

それでは今回の解説は以上です。

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