今回は失われた薬であるソリブジンについて解説します。
ソリブジンとは?
ソリブジンは1979年に開発された抗ウイルス薬で、発売は1993年9月に日本商事から発売された薬です。商品名はユースビルでした。帯状疱疹の適応を持っていました。構造は核酸を構成するチミジンに非常に似ている構造をしています。当時、第一選択として使用されていたアシクロビルでは効果の無かった「EBウイルスにも有効」ということで有望視されていた薬でした。何とそのEBウイルス活性は数千倍程度といわれています。
非常に強力な抗ウイルス効果を持っていたが、フルオロウラシル系の抗がん剤との併用で重篤な副作用が発現したため、9月に発売して11月に自主回収がされています。その間、使用患者23人中15人が死亡しました。そして、死亡者は全員フルオロウラシル系の抗がん剤との併用でした。
ソリブジン薬害事件概要
発売から約1か月の間に、約一万か所の医療機関に納入され、それから9/21に最初の副作用報告が上がり、続々と報告されました。厚生労働省は数例報告が上がってきた段階で、企業に対して詳細な調査と、相互作用に関する使用上の注意を徹底する文書の発布を指示しました。
厚生労働省は添付文書に記載されていた既知の副作用な上に、多数の医療機関に納入されていたため、被害が大きく拡大する可能性が高いと判断しました。緊急安全性情報を発出し、フルオロウラシル系の抗がん剤との併用を禁止するように医療機関に情報を伝達しました。その後、「企業が情報伝達を行っていなかったこと」「緊急安全性情報を発出するには2~3週間程度時間がかかる」という報告を受けて、厚生労働省は情報伝達に報道機関を利用することにしました。そのため、10/13に緊急記者発表を行い、事件が報道され周知されました。その後、同様の被害は発生していません。
添付文書には「抗がん剤との併用を避けること」とは記載されていたが、併用禁忌とはなっておらず、併用禁止は徹底されていない状態でした。しかし、このことは治験段階で3人死亡者を出していたため併用が危険ということは明白でした。ただ、治験中にも併用による死亡例に注意がされていなかったようです。
飲み合わせの問題
フルオロウラシル系の抗がん剤を使用している患者に対してソリブジンを使用すると、ソリブジンが抗がん剤の代謝を阻害することで抗がん剤の作用が強化された結果、それによる副作用で死亡してしまったというわけです。抗がん剤は免疫機能も低下させてしまうために、通常問題になりにくい帯状疱疹の原因ウイルスにも感染しやすくなってしまいます。そのため、抗がん剤治療中の患者は帯状疱疹になるリスクが高いと言われています。すなわち、ソリブジンが投与される可能性も高かったというわけです。
作用機序の解説
ソリブジンの作用機序 ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼで特異的にリン酸化を受けて活性化し、それがDNAポリメラーゼを阻害することでウイルス増殖を抑制する
ウイルスもヒト細胞も増殖する時にDNAの複製が必要になります。これを担当するのがDNAポリメラーゼと呼ばれる複合体です。ウイルスはヒトのDNAポリメラーゼを利用する場合もあるし、独自のポリメラーゼを持っている場合もあります。
ソリブジンは体内に吸収されて、全身の細胞に移動します。そこで「ウイルス感染細胞」と「非感染細胞」で異なる動きをします。以下感染細胞と非感染細胞に分けて解説します。
感染細胞 感染細胞ではウイルス由来のチミジンキナーゼによってリン酸化を受け、その後、ヒトチミジンキナーゼによって合計3回リン酸化を受けます。その後、ウイルスDNAポリメラーゼはDNAを合成する際に、チミジンに近い構造をしたリン酸化されたソリブジンが誤って取り込まれます。その結果、ウイルス由来のDNAポリメラーゼが阻害されるためそれ以上ウイルスDNAを合成することが出来なくなるというわけです。それでウイルスの増殖を抑制することに成功するわけです。 ちなみに、ヒトDNAポリメラーゼはウイルスより親和性が低いとされています。
非感染細胞 ウイルス由来のチミジンキナーゼがないため、1回目のリン酸化が起こりません。そのため、ソリブジンが活性化することがないため、DNAポリメラーゼ阻害作用は発揮されません。つまり、DNAの合成が妨害されないということです。
フルオロウラシル系抗がん剤とは?
ウラシルに類似した構造を持ち、チミジル酸合成酵素を阻害することでDNA合成を抑制する作用を持つ抗がん剤のことです。フルオロウラシル(5-FU)が代謝されることでFdUMPとなり作用を発揮しています。DNAの合成を阻害し、アポトーシスさせることで作用しているので、がん細胞にも正常細胞に対しても影響します。
ソリブジンとフルオロウラシル系抗がん剤の併用で何が起こるのか?
ソリブジンは腸管内で細菌によって一部「ブロモビニルウラシル」に代謝されます。これ過程によりソリブジンは失活するわけですが、これが5-FUの代謝酵素である「dihydropyrimidine dehydrogenase(DPD)」を阻害してしまうのです。DPDの阻害によって、5-FUが代謝されて無毒化される量が減ります。つまり、5-FUが想定よりも多く体内に残ってしまうため、5-FUの毒性が強く出ることになります。特に危険な副作用として、骨髄抑制が発生し、今回のような重篤な結果を招くことがあります。
教訓
今回の事件は相互作用を確認し、患者への情報提供が正しく行われれば防ぐことが出来たもの、かつ有用であった薬を世から消してしまった事件でもあります。あまりにも教訓が多いので独断と偏見でいくつか取り上げます。
厚生労働省は、ソリブジンそのものが悪いというわけではなく、抗がん剤との併用が不適切であったと考えていたようです。そのため承認を取り消さず、適切な対処をすれば再発売可能と考えていたようです。しかし、企業は自主回収を行い、自主的に承認を取り下げてしまいました。
ユースビル錠の添付文書には確かに相互作用の注意が記載されていたが、それは全く注意を引くようなレイアウトになっていませんでした。今回の事件を受けて、それまで各製薬会社間でばらばらだった書式が改定により統一されました。
また、当時がんは告知されていないことが多く、患者はどのような薬剤を使用しているか把握していませんでした。これを機に患者に投与している薬剤を一元管理することが重要と認識されるようになりました。治験についても見直しが行われ、医薬品審査・承認についても多くの改革が行われました。
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