Twitterにてリクエストをいただいて面白そうだったので、調べてみました。
きっかけはこの動画を紹介されたことです。
内容としては、若い女性の間で痩せるゼリーによる健康被害が多発していて、これを販売していたベトナム国籍の夫婦が逮捕されたというものです。
海外製の怪しい「痩せる」食品
「このゼリーを食べて40日で10kg痩せました」
「ぽっちゃりしてたんだけど、激やせしました」
「動画で見て、興味本位で購入して使ってみたけど、使うと体調が悪くなった」
「数々のダイエット食品を試しているうちに行きついた」
等様々な体験談が存在します。
調べてみると、海外製の痩せる食品は多く存在しているようです。そして、これらには場合によっては「医薬品」が配合されています。今回の事件に関係するゼリーには「シブトラミン」という薬が含まれていました。日常生活ではこのような食品は見かけることはあまりないと思います。しかし、実はこのような医薬品が含まれている食品は数多く報告されています。
日本では、食品に医薬品成分を混ぜることは違法となります。このような未認可の医薬品を含むものは食品ではなく、「無承認無許可医薬品」に該当します。基本的に、日本ではこのような製品は販売・購入できないようになっているのですが、海外に行った個人が持ち帰って来たり、個人輸入したりして入手することが出来てしまいます。
これらの怪しい食品には医薬品が含まれていて、種類は不明、含有量は不明、夾雑物も不明といった状態なので、言うまでもなく摂取しない方が賢明です。医薬品と違って厳密な用量調整がされているわけでもないので、含有量によっては最悪ODもあり得ます。
基本的にこのような怪しい食品もどきは摂取しない方がいいのですが、これらの食品には、
効果があると誤認して買ってしまう
食品だから安全だし試してみてしまう
どうせならより効果のありそうなものを…
このように考えて、今回のような健康食品と謡っている怪しいものを摂取してしまう例があるようです。ここには「食品だし大丈夫」というある種の油断というか、信頼もあるのかもしれません。
このような食品を作る業者は、「売れれば何でもいい健康被害が出ようが知ったことではない」という考えでこのようなモノを製造しています。そのため、他の製品との差別化のためにそのような効果を主張しているに過ぎません。彼らは金を稼ぐために、いくらでも手を変え品を変えこのような食品が生み出し続けます。したがって、これらへの対応は後手に回らざるを得ません。仕組みを整備したとしても、後出しでその網をすり抜けて世に出回るものも出てきてしまいます。これを事前に防ぐことは恐らく不可能なので、自己防衛が非常に大切です。「怪しいものは口に入れない、使用しない」ことが自分自身を守るために最も重要なことです。
しかし、おそらくコレを摂取した人達も「怪しい」くらいは感じていたと思います。
それにも関わらず、「効果があるかもしれないから」と摂取することを選んでしまった。
これは、「やせたいという強い願望が誤った選択をさせた」のではないかと思います。
このような食品を摂取する根底には「瘦せたい願望」が存在するはずです。
痩せたい願望
まず、痩せたい理由は様々あります。
より痩せている方が価値があると思っている場合
太っていることが健康を害しているため、何とか体重を落としたい場合
上記のように、個々人の価値観によって痩せたいと思う理由はそれぞれ異なります。これらのうち、「やせていることに価値を見出す人」がこのような食品に手を出す可能性が高いです。
このような価値観を持っている人に、「このような食品は健康に悪いかもしれないから、むやみに摂取するべきではない」という話をしてもおそらく無視されるでしょう。「それを摂取することでやせられるかもしれない」という期待感が、「それを摂取することのリスク」より重要であると判断されるからです。ここには、やせたい気持ちが大きくなりすぎていることと、このような食品が持つリスクが軽く見られすぎていることが根底にあると思われます。そのため、健康に悪いからという理由では止まらなかったと考えられます。
なお、やせていることに価値を見出す価値観がどのように形成されているのか、ということは本題ではない上にあまりにも複雑になるため、ここでは省略します。
これについて私が出来そうなことは、「そのような食品の抱えるリスクを正しく認識してもらう事」くらいしかないので、それらの食品が抱えるリスクについて解説していきます。
そして、今回報道された痩せるゼリーには「シブトラミン」が配合されていました。そのためここからは、シブトラミンについて解説していきます。
シブトラミンとは?
シブトラミンは食欲抑制作用がある「医薬品」です。日本では承認されていませんが、アメリカではFDAから1997年に認可を受けた「肥満抑制薬」として一時期流通していました。
しかし後に、「SCOUT研究」と呼ばれる無作為化対照試験で、「シブトラミンは有意に心血管系のイベントを引き起こす」ことが示されました。その後、FDAは体重減少効果より心血管リスクが重いと判断し、「シブトラミンの使用を推奨しないと声明を出したこと」で販売が中止されました。SCOUT研究はリンクを貼っておくので、よかったらご覧ください。https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1003114
日本では、エーザイによって2007年に医薬品製造販売承認が申請されましたが、2009年に却下されています。
シブトラミン作用機序
シブトラミンの作用機序は、
ノルアドレナリンとセロトニンの再取り込みを阻害し、 神経間隙におけるモノアミン濃度を上昇させる
いわゆるSNRIと呼ばれる薬の作用機序と同じです。中枢神経系に作用するため、詳細な作用機序については不明ですが、可能な限り解説することとします。
神経伝達の仕組み
神経系では、たくさんの神経細胞が協調して情報伝達を行っています。
そして、神経伝達は「伝導」と「伝達」と呼ばれる過程に分類することが出来ます。神経伝達は情報を様々な形に変えながら伝えていくわけです。
まず「伝導」とは1つの神経細胞内を情報が伝わっていくことです。一つの細胞内であれば物理的につながっているので、電気的な信号で情報を伝達することが出来ます。そのようにして、神経細胞の末端まで情報を伝達しています。
しかし、そこから次の神経細胞へは直接つながっていないため、何らかの方法でその隙間(神経間隙)を超える必要があります。そこで利用されるのが「神経伝達物質」と呼ばれる物質です。神経伝達物質にはたくさんの種類が存在しており、その数は50種類程度と言われています。作用機序で言及されているノルアドレナリンとセロトニンについても神経伝達物質の一つです。
「伝達」とは他の神経細胞に情報を伝達することです。ある神経細胞の最後から神経伝達物質が放出され、受け取る神経細胞の受容体に神経伝達物質が作用することで次の細胞へ情報が伝わっていきます。
そして、ノルアドレナリンやセロトニンは少数の特別なニューロンが用いる神経伝達物質です。その作用や働きはわかっていないことが多いではありますが、感情や行動を調整していると言われています。適切な量、適切なタイミングで作用することが正常な状態が保たれますが、シブトラミンはそれらの量に影響する作用を持っています。つまり、シブトラミンは「伝達」に作用することになります。
シブトラミンは、「神経伝達物質の神経への再取り込みを阻害する作用」を持ちます。その作用によって、神経間隙に存在する神経伝達物質の濃度が上昇することで、その次の神経細胞へ作用する神経伝達物質が強制的に増えます。つまり、伝達される信号を強くするというわけです。
特にセロトニンはその受容体が数多く存在していて、体内の様々な機能に関係しています。シブトラミンによる食欲抑制作用は、中枢神経系のセロトニンの作用を強化することによって発生していると言われています。また、体験談であった吐き気は、腸管に存在するセロトニン受容体の刺激が脳に伝わることによって発生しています。そして、心臓にもセロトニン受容体は発現していて、環境に合わせて絶えず循環の調整が行われています。セロトニンとの関連は不明ですが、この作用が心血管イベントを有意に発生させていたのかもしれません。
また、シブトラミンはノルアドレナリンの作用も増強するため、血圧の上昇、脈が速くなるなどの作用もあります。これも関連は示されていませんが、心血管イベントの発生率上昇に関与しているかもしれません。
まとめ
日本で流通している食品には通常、医薬品に該当するものは含まれていません。そのため、私を含めて食品にそこまで警戒心を持っていない人がほとんどであると思います。
しかし、個人的に持ち込んだものや個人輸入したものについてはその保護の外にあります。通常、私たちが「食品」として認識しているものは必要な試験を経て、それをクリアしたものですが、このような経路で入ってきた食品は何が含まれているかは分かりません。そのため、今回のような医薬品が混入している場合があります。しかも混入している医薬品の種類は不明、含有量は不明、服用者がその薬を使うのが適切なのかも不明、という状態で知らず知らずのうちに服用してしまうことになります。当然ですが、これは非常に危険です。
このような食品を製造している側は、食品への付加価値としてこれらの効果を謳っているだけで、消費者がこれを食べてどうなろうが知ったことではありません。金になればそれでよいのです。そのため、一つが規制されたとして、次々に似たようなものが生み出されるだけで根本的な解決になりません。法整備をするにしても、対策はどうしても後手に回ってしまいます。よって、これらの危険な食品から身を守るためには、どうしても自己防衛が必要になってきます。食品だからと油断せずに、本当に食品かどうかわからないものも存在してしまっていることを忘れずに、怪しいものは口にしない、使用しないことが必要です。
私個人の感想ですが、口に入れるもので痩せようだなんて何か食い違っているような気がします。口は太るものを入れるところです。
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