今回はニコチンについて解説していきたいと思います。
ニコチンとは?
ニコチンはナス科の植物に含まれるアルカロイドの一つです。特に南米に自生するタバコの葉に多く含まれています。タバコには乾燥重量でニコチンが数パーセント程度含まれており、タバコの葉を摂食することは非常に危険です。
ニコチンは植物が「昆虫に食べられないように」と生産する物質であるとされています。その性質を利用して、殺虫剤として使用されていたこともあります。しかし、哺乳類への毒性が強かった点が問題だったので、ニコチンをモデルにして、人体への毒性を軽減した「ネオニコチノイド」が1990年代に開発されました。
ニコチンはナス科の他の植物にも含まれていますが、これがどの程度人体に影響を及ぼすかは不明となっています。具体的な含有量はトマト、ジャガイモ、ピーマンでは10 µg/kg未満、ナスでは多少多くて100 µg/kgとされています。それでも割合で言うと0.00001%です。ちなみに、ヒトでの致死量は500~1000 mgと考えられていて、ナスでも10 t以上は必要という計算になります。
ニコチンの歴史
人類のニコチン摂取の歴史は喫煙の歴史といってもいいものです。
人類がいつごろからたばこを吸い始めたかはよくわかってはいませんが、火で様々な植物を燃やして出た煙を吸っているうちに何か気づいたのかもしれません。発見された当初は南米で原住民が儀式に使用されていたと記録が残っています。ニコチンは神経に作用するため、不思議な体験ができるということから神秘的なものであるという認識がされていたと思われます。
その後、喫煙は15世紀にコロンブスが「新大陸」を発見し、その習慣がヨーロッパに持ち込まれたことで広まって行きました。当初は体に悪い、野蛮だなどと批判はありました。しかし、ポルトガル駐在フランス公使のジャン・ニコが自ら栽培し、それを貴族へ供したところ、頭痛が治って喜ばれたという話があり、次第に日常生活へ溶け込んでいったようです。
日本にタバコが持ち込まれたのは16世紀です。ポルトガル人から鉄砲が持ち込まれた際に一緒に上陸したようです。この時のタバコはキセルやパイプに刻んだタバコを乗せて吸うものが主流でした。紙巻きたばこは明治時代になってから流行し、日清・日露戦争を捻出するためにタバコの管理を行う専売公社(後のJT)が生まれました。
1950年代のアメリカにおいて、喫煙と健康の問題に関する報告書が提出されました。それから、1964年のアメリカ公衆衛生レポートで「喫煙が病気の原因である」という宣言がなされ、これを皮切りに禁煙の意識が高まり始めました。日本では1900年に「未成年者喫煙禁止法」から始まり、2000年に「健康日本21」でタバコからの保護を、2003年の「健康増進法」で受動喫煙防止措置が施行されました。
人類史の中でタバコは、最初は儀式や薬として、それからはストレス解消、嗜好品、財政の助けとして、その後は健康を害する有害なものとして、時代によって大きく印象が変わってきたことが分かります。
ニコチンの依存性
ニコチンには皆さんご存じの通り、依存性があります。
そして、依存はざっくり「身体的依存」と「精神的依存」の2種類に分けられます。
身体的依存 タバコを吸うと、その煙から快感を得ることが出来ます。そのため、脳が「吸入を行うことで快感が得られる」と学習します。快感を得るために、ニコチン摂取を繰り返してしまうと、ニコチンが常に体にある状態になり、ニコチンが体内にある状態が通常になってしまいます。そして、それに体が慣れるとニコチンがなくなった時禁断症状が現れます。それが非常にしんどいため、症状を抑える、もしくは発現を予防するためにニコチンを求めるということになります。そして、以下繰り返しになり依存が発生します。
精神的依存 ニコチンを摂取することに対する欲求が高まり、その欲求をコントロールできなくなった状態です。これが満たされないことでイライラする、自制が出来ないなどの症状が現れます。
詳しくはこちらの記事で解説しています。
ニコチンの毒性
まずはLD50から見ていきます。
LD50については過去記事で解説しているのでそちらをご覧下さい。
ニコチンLD50
ラット(経口)50 mg / kg
ウサギ(経皮)50 mg / kg
とかなり低いことが分かります。
簡単にLD50を比較するとこのようになります。神経毒と比較するとさすがに見劣りするように見えますが、日常に存在するものとしては非常に強力なものになります。
ニコチン中毒症状
中毒症状
軽症例 悪心、嘔吐、下痢や、めまい、振戦、頻脈など
重症例 痙攣や徐脈、呼吸筋麻痺など
ニコチン中毒はタバコを吸いすぎるというよりは、ニコチンの含まれるものを摂取したことが原因となります。そのため、タバコの葉や吸い殻が使っていたなどそれが溶け込んだ水(タバコ浸出液)が原因となります。そして、タバコそのものよりもタバコの浸出液の方が危険です。
タバコの葉
ニコチンが溶出して、それから吸収されるので、症状の発現に時間がかかります。ニコチンは胃ではあまり吸収されません。少量吸収されたニコチンによって、嘔吐中枢が刺激され吐き気が催されるので、多く吸収される前に吐き出されることが多い傾向にあります。
タバコ浸出液
葉と違って液体のため移動が速く、ニコチンは腸で吸収されることからニコチンの吸収量が多くなりやすいため症状の発現が早く、危険性が高い傾向にあります。
ニコチンの作用機序
ニコチン作用機序 ニコチン性アセチルコリン受容体に結合し、それを活性化ののちに抑制する
今回はこれについて解説していきます。
神経について
神経は、体内に張り巡らされた組織間で連絡を取り合うネットワークのことです。
神経は中枢神経系と末梢神経系に分かれています。中枢神経系は末梢神経から情報を集めてそれをまとめて指示を出す役割を、末梢神経系は情報伝達を行う神経のことです。末梢神経系はさらに運動神経と自律神経に分類することが出来、運動神経は運動を、自律神経は無意識的に体の機能を調整する神経です。そして、自律神経系は交感神経と副交感神経に分けられます。ざっくり交感神経は「緊張状態」副交感神経は「リラックス」させるような作用を持っています。
これらの神経が複雑に協力して作用することで我々の体は正常に生命活動を行うことが出来ます。
神経伝達の仕組み
神経はたくさんの種類の細胞が協調して情報伝達を行っています。
そして、神経伝達には「伝導」と「伝達」のプロセスが存在しています。
伝導
「伝導」とは1つの神経細胞内を電気的に情報が伝わっていくことです。
他の神経から情報を受け取った神経細胞は、次へ情報を伝えるため情報を電気信号に変換し、それが細胞内を伝わっていきます。
伝達
「伝達」とは他の神経細胞に情報を伝達することです。伝導は情報を電気信号にして細胞内を伝わっていくことを指しますが、これは物理的に接続されているところまでしか情報を届けられません。それぞれの神経細胞は接続されていないため、その隙間を乗り越える必要があります。そのため、情報を「神経伝達物質」に変換しそれを相手に受診させることで情報を伝達します。この過程を伝達と言います。
神経伝達とアセチルコリン
アセチルコリンは神経伝達物質です。そして、それを受け取る受容体は「アセチルコリン受容体」と呼びます。アセチルコリン受容体には2種類存在していて、それが「ニコチン性アセチルコリン受容体」と「ムスカリン性アセチルコリン受容体」です。
ニコチン性アセチルコリン受容体
ニコチン性アセチルコリン受容体は「ニコチン」によって作動する受容体で、これは運動神経や自律神経系、中枢神経系に広く存在しています。
ムスカリン性アセチルコリン受容体
ムスカリン性アセチルコリン受容体は「ムスカリン」によって作動する受容体です。主に自律神経系の副交感神経の一部の組織に存在しています。作用対象は心臓や腸管などが挙げられます。
アセチルコリンはそれぞれの受容体に必要な分だけ作用することで、適切な筋肉収縮を行って的確な動作を実現したり、自律神経系に作用して最適な状態に調整しています。
ニコチン性アセチルコリン受容体の活性化
ニコチンは「ニコチン性アセチルコリン受容体」を活性化する作用を持ちます。ニコチン性アセチルコリン受容体は運動神経系と自律神経系、中枢神経系に存在しています。そして、それぞれでその作用は大きく異なります。
運動神経系
ニコチン性アセチルコリン受容体は、筋肉の収縮が起こる起点となるような働きをしています。ニコチン性アセチルコリン受容体が作動すると、細胞内にNaが流入し、電位が上昇します。その電位上昇によって電位依存性Naチャネルが開口され、Naが大量に流入することで活動電位が発生します。活動電位の発生が筋小胞体に伝わると、そこからCaが放出されることで筋収縮が起こるようになっています。ここでニコチンが作用すると、ニコチン性アセチルコリン受容体が刺激されるため、ニコチンによって筋収縮が強制的に起こることになります。
中枢神経系・自律神経系
機序は運動神経系と同じものです。本来、これらの機能は必要に応じて機能しているものですが、ニコチンを摂取するとそれがかき乱されることになります。それによってさまざまな症状が発現します。
ニコチン性アセチルコリン受容体が活性化したのちに抑制される
ニコチンは受容体を刺激して強制的に活性化させる作用を持ちます。細胞は活性化されることによって発生する脱分極が持続すると、新たに刺激を受けてもそれに反応を示しません。ニコチンによって強制的に脱分極が持続されるため、新たな刺激に対して反応が出来ないというわけです。これによって、筋肉や自律神経系が麻痺してしまいます。そのため、呼吸筋の麻痺や徐脈が発生することとなります。
それでは今回はここまでです。ここまでお読みいただきありがとうございました。
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