11/28に厚生労働省の専門家部会で大正製薬が販売する抗肥満薬「アライ(オルリスタット)」が医師の処方箋を必要とせず、薬局で買える薬として承認することが了承されました。来年3月に正式承認される見込みであるようです。厚生労働省曰く、日本人を対象にした臨床試験で、内臓脂肪・腹囲の減少効果が確認された市販薬となる予定とあります。また、アライは「健康障害(高血圧・脂質異常症など)を伴わない肥満者で、内臓脂肪と腹囲を減少するための補助的な位置づけ」としています。
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20221128-OYT1T50173/
https://www.mixonline.jp/Default.aspx?tabid=55&artid=73999
世間では、飲むバラムツだとか言われていたりしますが、記事ではそれなりに期待が持てそうなことが書いてあったりもします。これは果たしてどの程度期待できるのでしょうか?今回はそれについて考えていきたいと思います。
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アライの概要
まず、アライの有効成分であるオルリスタット自体は日本では医療用医薬品としての使用経験がない医薬品です。しかし、海外では既に100以上の国で医療用医薬品として、米国・欧州を含む70以上の国でOTCとして承認を受けています。そのため、使用実績はそれなりにある薬となります。
表向き日本では使用経験はありませんが、個人輸入で使用したり、美容系の医院が自由診療で処方されたりするようです。また、それらのクリニックでは、「ダイエット系の薬に多い中枢神経系に作用する薬ではないからこれは安全で、怖い薬ではありません」という風に主張されています。
肥満について
肥満とは、
「脂肪組織が過剰に蓄積した状態で、BMI25kg/m2以上のもの」
とされています。BMIはボディマス指数と呼ばれるもので、肥満度の指数となるものです。
体重(kg)を身長(m)の2乗で割ると算出することが出来ます。
肥満の最大の問題は 「寿命を縮め、将来的な生活の質(Quality of life)が著しく低下すること」です。皆さんご存じの通り、肥満は様々な健康障害をもたらします。具体的には、糖尿病や脂質異常7、心血管疾患等幅広い合併症が存在します。
そして、一般的な肥満では、摂取エネルギーが消費エネルギーを上回った状態が継続することで発生しています。そのため、「カロリーが高い甘いもの、脂っこいものを控えるように」と指導されるわけです。
アライは「脂質の吸収を抑えることで摂取カロリーを減少させる」という効果を持っています。要は食べているのに吸収量が減っているから、結果的に摂取カロリーが減少するということが起こります。
オルリスタットの解説
オルリスタットの構造はこちらです。
用法・用量としては、1日3回食事中か食後1時間以内に1カプセル(60mg)を服用が想定されています。日本ではまだ未発売なので、海外での用法用量ですが、恐らくこれで使用されるのではないかと思います。
効能効果としては、
腹部が太めの方の内臓脂肪および腹囲の減少
(生活習慣改善の取り組みを行っている場合に限る)
ではないかと思います。
腹囲が太めの定義は、男性85cm以上、女性90cm以上とされています。これはメタボリックシンドロームの診断基準と同値です。ちなみに、内臓脂肪100cm2に相当する腹囲になるらしいです。
アライの作用機序
消化管内のリパーゼを阻害することにより、脂質の分解を阻害して腸管からの脂質の吸収を抑制する。
オブリーン錠120mgより引用
要するに、脂質の吸収を抑制することで体内に取り込まれる脂質の量を減らす薬です。これだけではわかりにくいので、脂質の吸収について軽く解説します。
ものすごいざっくり言うと、通常の脂質(中性脂肪)はそのままでは吸収することは出来ません。
中性脂肪を吸収するには、中性脂肪を「リパーゼ」と呼ばれる消化酵素によって分解し、脂肪酸とグリセリンにしなければなりません。それから小腸の上皮細胞から吸収されるようになっています。
ここでリパーゼを阻害すると、中性脂肪が分解できなくなるため、脂質の吸収を抑えることが可能になります。吸収されなければエネルギーを摂取したことにはならない、つまり、摂取カロリーを抑えられるというわけです。
使用の際の注意点
使用上の注意ですが、代表的な副作用としては、便失禁と肝障害が挙げられます。
まずは便失禁から解説します。かなりインパクトの強い単語ですが、類薬であるセチリスタット(医療用医薬品:保険適応なし)では、下痢、脂肪便が55.9%も報告されています。
吸収されなかった油は、当然液体のまま大腸に到達するわけです。この油は便の成分を溶かし込んだり、便を柔らかくしたりします。それがおならで漏れ出たり、くしゃみをした刺激で放出されたりといった恐ろしいことが起こります。これはもう機序的にどうしようもないので、医院ではナプキンの使用が推奨されていました。社会的に死ぬ可能性があるので、最大級の注意を払う必要があります。
そのため、アライがあれば脂っこいものを食べ放題だ!とやった日には目も当てられない結果になります。むしろ、この経験自体がいい薬になるのかもしれませんが。
続いて肝障害です。オルリスタットは海外で重篤な肝機能障害が報告されています。これについて「因果関係は不明」とされていますが、注意が必要です。
オルリスタットは実際に「どう」なのか?
私が見た限り、使用実績もそれなりにありますし、臨床試験もクリアした上でのOTC化なので、薬そのものには大きな問題は見当たらないように思います。
しかし、いくつか気になる部分はあるため、それについて解説していきます。
1.重篤な肝障害
オルリスタットは、海外で因果関係は不明ですが重篤な肝障害の副作用が報告されています。これに関しては、注意が必要であることには変わりありませんが、許容できる範囲のリスクだと思います。個人的には、オルリスタットはほとんど吸収されていないようなので、オルリスタットによる副作用の可能性は低そうな気がします。
2.「体重」の減少効果は?
「腹囲と内臓脂肪」については統計的には有意差が出ていることからその有効性は示せていますが、気がかりな部分があります。それは、同効薬の「セチリスタット」で起こったことです。
同効薬の「セチリスタット」は有効性を示せたが、「保険適応に値する意義が十分でない」とされたため、保険適応されなかったという薬です。
セチリスタットの臨床試験で示された体重減少率は、プラセボと比較して2%あるかないか程度でした。しかも、セチリスタットの医療用医薬品として承認を受けた用量で、です。そして、海外でOTCとして販売されている用量は、その半分です。当然用量が少なくなると、その効果も弱まります。つまり、OTCの用量では2%の体重減少率はさらに小さくなるはずです。
オルリスタットの作用機序もセチリスタットと同じなので、恐らく体重減少効果に関しても類似した結果になるのではないかと思います。そして用量についても、セチリスタット同様にOTCは医療用医薬品の半分量になると思います。これから、体重減少効果についてはあまり期待できなさそうに思います。
3.お値段
そして、お値段がそれなりになりそうなのが気になるポイントです。
ネットで検索すると、自由診療で処方している医院では、(多分120mg)を7カプセルで1500円前後と設定しているようです。個人輸入サイトも見ましたが、大きな差はなさそうでした。OTCとなるともう少し安くなりそうですが、効果のわりに高いような印象を受けます。
添付文書上では毎日3回の服用が必要なので、今の値段だと1週間で5000円くらいするわけです。ただ、脂っこいものを食べた時だけの服用で十分ではあるので、その時に限れば多少は抑えられる気はします。
4.脂溶性ビタミンの欠乏
脂質に溶解してしまう脂溶性ビタミン類についても注意が必要です。ビタミンA,D,E,K等は脂溶性ビタミンのため、油に溶けてそのまま排泄されてしまいます。そのため、長期使用ではそれらのビタミンが不足する可能性があります。よって、長期で服用する場合はビタミン剤の併用を検討してもいいかもしれません。
脂溶性の医薬品を併用している場合はより注意が必要となります。特に免疫抑制薬である「シクロスポリン」を服用している方は専門家に相談してから服用を開始した方がいいかと思います。シクロスポリンは細かい用量調整が必要となるため、併用によって吸収が低下すると思ったような薬効が得られなくなる可能性があります。多分、「アライをやめるように」といわれるとは思いますが。
また、糖質の吸収には影響しないので、糖質を大量にとっている方の場合、効果は薄くなります。セチリスタットは血糖値(HbA1c)を有意に低下させていたが、脂質吸収量が減少したため、糖利用が増えたとかそんなところなのでしょうか?
アライをODするとどうなる?
ここまででいろいろ解説してきましたが、最後に「アライをODするとどうなるのか?」についてお話します。一見作用がめちゃくちゃ強くなってより痩せられるように見えるかもしれませんが、そううまくはいきません。
結論から言うと、大きな問題も効果の変化も見られないとなるでしょう。
ODの体への影響
そもそも、オルリスタットはほとんど吸収されていないため、ODをしたところで吸収されずに体外に排泄される量が増えるだけとなります。ODをして危険な理由は、体内に異常な量吸収されて、それが有害な作用を発するためですが、そもそも吸収されないなら大したことは起こらないと考えられます。
ODによる効果の変化
これについても大きな変化は起こらないでしょう。
理由は、作用機序的に「作用に限界があるから」です。
リパーゼを阻害するわけですが、腸管内にリパーゼは無限に存在するわけではありません。リパーゼの数には必ず上限があるので、それを阻害する薬の効果にも上限があるはずです。それゆえ、どこまで用量を増やしたとしても、リパーゼの作用を阻害する以上のことは出来ません。
ちなみに、オルリスタットの最小中毒量(Toxic Dose Lowest:TDL0)は、
マウス(経口)560mg/kg
となっています。
TDL0とは?
ヒトまたは実験動物に中毒症状をおこさせた吸入暴露以外の経路による投与量の最小値。
参考2 用語集等 – 環境省
のことです。
普段解説によく出てくるLD50は「半数致死量」なので、オルリスタットのLD50はこれよりかなり上になるはずです。そのため、安全性についてはそれなりに高そうなことが想像できます。
まとめ
オルリスタットは脂肪の吸収を抑制することで摂取カロリーを減少させる抗肥満薬です。作用機序的に、どうしても避けられないので下痢に注意が必要です、社会的に死ぬ恐れがあるので決して油断をしてはなりません。効果は同効薬の臨床試験結果を見るにそこまで期待するほどのものではないように見えますが、安全性は高く、使用に関しては大きな問題はないと思います。服用を止めはしませんが、特段勧めるようなものでもないと思いました。
今回はここまでです。ここまでお読みいただきありがとうございました。
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