今回はたまには役に立つことを解説したくなったので、薬の飲み合わせについて解説をします。
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薬の飲み合わせとは?
薬は病気の治療を行う目的で服用するものです。これらは組み合わせて使用する場合が多くあります。しかし、「併用では思ったような効果が得られない」「逆に有害な作用が強く出る場合がある」など併用が適当ではないものがあります。これを一般に「飲み合わせが悪い」と表現します。
薬は医師が診察によって得られた患者の情報を元に、治療に必要な薬を判断し、処方するものです。これらの飲み合わせの悪いものは、目的を達成できないどころか人体に害を及ぼす可能性もあるため避けられるべきです。
ただし、「飲み合わせが悪い」は「絶対に併用してはならない」という意味ではないので、必要であれば併用される場合もあります。
なぜ飲み合わせが悪いのか?
飲み合わせが悪い理由としてよくあるものについて挙げてみます。
・片方の薬の作用を増強、または減弱してしまうため
・薬の代謝が抑制されるなどして、副作用など有害な作用が発現する可能性があるため
・意図した効果を発揮できなくなるため
この辺りが代表的かと思います。
いずれにしても、期待した薬理効果が得られないことがその根底にあります。
今回は身近な例を出して、どう飲み合わせが悪いのか?を解説していきます。
クラリスロマイシン+スボレキサント
クラリスロマイシンは非常によく使用される抗菌薬で、
スボレキサントは、「ベルソムラ」という名前で販売されている睡眠薬です。
どちらも処方頻度が高めな薬剤で、スボレキサントを服用中の方が体調を崩した際に、クラリスロマイシンが処方されて併用する場合が多い印象です。
これらの添付文書に記載されている禁忌の項を見てみます。
こちらがクラリスロマイシンの禁忌で、
こちらがスボレキサントの禁忌です。
どちらの添付文書にもお互いが禁忌と記載されていることが確認できます。
なぜ併用禁忌なのか?
簡単に説明すると、
併用によってベルソムラの代謝が遅延され、
血中濃度が必要以上に上昇してしまう
からです。
血中濃度が上昇すると、
期待していたより効果が強く出ることや、傾眠、疲労感など副作用が出る可能性が高くなります。
それではなぜそうなるのか、それについて解説していきます。
まずは、スボレキサントの代謝がどのように行われているのか?ということを確認します。
添付文書によると、スボレキサントは主に肝臓に存在するCYP3Aで代謝されるということが分かります。代謝された後の物質には薬理作用はないため、肝臓によって処理された後は効果を示さなくなります。よって、肝臓が処理の中心です。
そして、クラリスロマイシンの添付文書には以下のように記載があります。
クラリスロマイシンは肝臓に存在する代謝酵素である「CYP3A」を強力に阻害するという作用があります。
よって、スボレキサントとクラリスロマイシンを併用すると、CYP3Aによる薬物の代謝が遅延されるということが分かります。
それでは、どのくらい作用が増強されるのか?というところですが、
それについては添付文書には記載がありませんでした。
そのため、ここから先は考察という形でお話しします。
作用がどの程度増強されるのか?
こちらはPISCS(Pharmacokinetic interaction significance classification system)と呼ばれる薬物の相互作用によってどの程度作用が増強するのかを示した図です。「すべての薬で当てはまる」というものではなく、「予測に利用できる」といったものなのであくまでも目安です。
PISCSでは「薬剤がどの程度肝臓での代謝に依存しているのか(CR)」ということと、「薬剤がどの程度肝臓の代謝酵素を阻害するのか(IR)」から、「併用によって作用がどの程度増強されるのか」を予測することが出来ます。
計算についてはややこしくなるので今回は省略しますが、スボレキサントのCRを計算したところ、0.44となりました。これはスボレキサントの代謝が44%肝臓のCYP3Aに依存しているという事を示します。そして、クラリスロマイシンのCYP3AのIRは0.88と記載があります。https://www.jsphcs.jp/file/asc1.pdf
これらをこの図にあてはめてみると、
併用によって作用は1.5倍程度に増強されると予測されます。
実際のところは、「ケトコナゾール」と呼ばれるCYP3Aを強力に阻害する薬剤との併用で、血中濃度が2倍程度まで増強されたために作用を著しく増強する恐れがあるとして禁忌に指定されたようです。クラリスロマイシンはケトコナゾールほどではないですがCYP3Aを強力に阻害するため、同様に禁忌に指定されているというわけです。
ただし、ここで私が気になったのは、
「CYP3Aを非常に強力に阻害するケトコナゾールですら2倍程度の増加であるにもかかわらず、クラリスロマイシンは併用禁忌に指定されていること」
です。
スボレキサントは睡眠薬であるわけですが、PISCSの表を見てもらえばわかる通り、睡眠薬であるベンゾジアゼピン系では作用が4倍以上に増強された場合にようやく禁忌レベルになります。この図の通りであれば、1.5倍では併用注意になるかどうかのレベルです。ここから、「作用が1.5倍程度増強されたところで禁忌とするほどではないのではないか?」と考えられます。(作用機序が異なるためそのまま適応することは出来ませんが)
しかし、実際には併用禁忌に指定されています。
これは何か別に理由があるなと思い、追加でいろいろ調べてみました。
その答えとなりそうな記述をスボレキサントの「審査結果報告書」で発見しました。
簡単にまとめると、治験では、20mgを超える高用量での有効性もしっかり示せていますが、有害な事象の発現頻度が高用量になるほど増える、そして、20mg以下の低用量とそれを超える高用量を比較した際に、そのリスクを上回るメリットは示されていないとあります。
臨床試験の際、用量が増加するとこのような事象が多く発現してしまったため、
「高用量では使用するべきではない」という結論が出されたようです。
以上より、20mg以上ではリスクを上回るメリットは示されていないため、
作用を著しく増強してしまう恐れのあるCYP3Aを強く阻害する薬については禁忌と指定されたようです。謎が解けてすっきりしました。
それでは今回は以上です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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