人類には早すぎる神の薬「モルヒネ」

解説

動画版はこちら↓

モルヒネとは?

モルヒネは、ケシの未熟な果実の表面から採取される乳液を乾燥した「アヘン」の中に含まれる成分の一つです。アヘンには主成分のモルヒネのほか、コデイン、パパベリンなど二十数種のアルカロイドが含まれています。アヘンに占めるモルヒネの濃度は8~12%で、アヘンの作用はモルヒネの寄与が大きいと言えます。モルヒネはアヘンから抽出された最初のアルカロイドであり、その名前はギリシャ神話の夢の神「モルペウス」に由来しています。現在、モルヒネは麻薬及び向精神薬取締法によって「麻薬」に指定されています。

当初は、モルヒネはその強い依存性から薬物依存を引き起こしてしまう懸念があったため積極的には使用されていませんでしたが、1986年にWHOから発表された「がんの痛みからの解放」の中で医療用麻薬として積極的に使用することが示されました。

現在モルヒネは非常に強い鎮痛作用を利用して医療分野で広く利用されています。がんや重大な手術後の患者の苦痛を軽減することで、患者の生活の質の向上に大きく貢献しています。医療用麻薬も麻薬であるため薬物依存になってしまうのではないかと不安に思われる場合も多くありますが、「適切に使用している限り」医療用麻薬で薬物依存に陥ることはありません。

ケシ・アヘンの歴史

軽く検索しただけでも数多く「人類はケシやアヘンを利用してきた」という言説は見られます。しかし、今のところ、紀元前はるか昔にアヘンやケシを利用していたという直接的な証拠は見つかっていないようです。その上で、よく主張されている内容についてまとめていきます。

モルヒネは最も歴史の古い薬の一つであるとされています。アヘンの主成分であるモルヒネが単離されたのは19世紀の初めの話で、それまではアヘンが使用されていました。

そんなアヘンは、古代から現代に至るまで人類の医療と社会史において重要な役割を果たしてきたようです。その歴史は古く、紀元前1550年ごろの「エーベルス・パピルス」には、ケシが赤ちゃんの夜泣きに効果的であると記されていた。Dioscoridesの『薬物誌』では、ケシの葉・頭果の煎汁を温湿布すると催眠効果があり、睡眠不足の時には飲用するとよいと記されていたりします。また、メソポタミア文明を築いたシュメール人は、ケシを「歓喜、至福をもたらす植物」と呼んでいたようです。

アヘンは中世アラビアでは嗜好品として使用されたり、医学に活用されいた記録があります。ここでは意外なことに鎮痛催眠薬としてではなく止瀉薬として重宝され、赤痢などの特効薬とされたようです。

欧州では魔女狩りや宗教裁判の広まりから、14世紀から16世紀までアヘンの医学的使用は積極的ではありませんでしたが。しかし、それでも次第に中東の影響を受けていきました。その後、16世紀にパラケルススがアヘンからアルコールで成分を抽出したアヘンチンキを使用し、それに強い鎮痛効果があることに気づきました。

モルヒネは、1805年にドイツの薬剤師フリードリヒ・ゼルチュルナーによってアヘンから初めて分離されました。ゼルチュルナーは「夢のように痛みを取り除いてくれる」強力な鎮痛効果に注目し、ギリシャ神話の夢の神「モルフェウス」にちなんでそれを「モルヒネ」と名付けました。その後、モルヒネは鎮静や催眠、さらにアヘンやアルコール依存症の治療に使用されるようになりました。

1853年には皮下注射器が開発され、モルヒネの経口摂取より強力かつ迅速な効果を得る手段として注射が用いられるようになりました。しかし、これによりモルヒネ依存症の問題が表に出てくることになります。

アメリカでは1860年代の南北戦争の際にモルヒネが広く使用され、その後の兵士たちに発生した依存症が社会問題となりました。そのため、麻薬性鎮痛薬を規制する必要があるのではないかと議論されるようになりました。

モルヒネの緩和医療入り

1960年代には医師のシシリー・ソンダースが聖クリストファーズホスピスにおいてがんの終末期に対する症状の緩和のため、モルヒネを積極的に使用することでがん性疼痛の治療を唱えました。その運動が世界中に広がり、1986年にWHOは「がんの痛みからの解放」を発表しました。これは、医療用麻薬としてモルヒネを積極的に使用することを提唱したもので、それから現在までがんの痛みに対して麻薬が活用されています。

LD50

LD50については過去記事で解説しているのでそちらを参考にしてください。

LD50の数値を見る限り、特別毒性が高いというわけでもないことが分かります。

中毒症状

モルヒネは神経を抑制する作用が強いため、基本的には体の機能を抑制する方向に働いた結果発生する症状がここに出てきます。

モルヒネの作用機序

オピオイド受容体とは?

オピオイドとは、生体内のオピオイド受容体に作用するアルカロイドやモルヒネ等の物質のことです。オピオイドは厳密には麻薬とは異なり、麻薬に分類されていないオピオイドも存在しています。ちなみに、オピオイドという名前はアヘンを意味する「opium」に由来しています。

オピオイド受容体は、脳、脊髄、および末梢神経系など広く分布しており、それぞれが多様な生理機能を持っています。これらの受容体は大きくμκδの三つのサブタイプに分類することが出来ます。これらは上図の通り、それぞれが異なる生理作用を有しています。モルヒネはこれらのうち主にμ受容体に作用し、一部κ受容体にも作用することが分かっています。

続いて、モルヒネの用量と効果について示したのが上図です。鎮痛効果が得られる用量を基準として、他の症状が発現する量との比を示したものです。この図を見る限り、モルヒネによる死亡に必要な量は非常に高いため非常に安全性が高いことが分かります。したがって、医療用麻薬として用いる場合、基本的にその量に達することはほぼないと言っていいでしょう。しかし、鎮痛効果に必要な量に比べて、便秘や吐き気などが発生する量はかなり少ないためこれらの症状は医療用の麻薬として使用していても発現する症状となります。

毒性メカニズム

モルヒネを非常識な量使用すると、中枢神経系と呼吸中枢の機能が抑制されることで様々な症状が発現します。

中枢神経系では、情報伝達の抑制と興奮のバランスが崩れ、正常な機能が維持できなくなります。中枢神経は興奮と抑制の刺激が神経に伝わり、その作用を緻密に調整しています。その絶妙なバランスをモルヒネは抑制に傾けます。

呼吸中枢は延髄に位置し、血中の酸素と二酸化炭素の濃度を監視して呼吸を調整する機能を持ちます。モルヒネはここに作用して機能を低下させます。その結果、二酸化炭素の増加に対する呼吸中枢の反応性が低下します。その結果、血中二酸化炭素濃度が上昇したとしてもそれに合わせて適切な呼吸の調整がされなくなります。その結果、十分な酸素供給ができなくなり、最終的には生命維持活動が継続できなくなってしまいます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました