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ベンゼンとは?
ベンゼンは無色で甘い芳香を持つこの引火性の高い液体です。かつては石炭蒸留の副産物として生成されていましたが、現在は石油を精製することで生産されています。生産量はなんと年間400万トンほど生産されています。それらは、その大部分がゴムや合成洗剤、医薬品や合成繊維(ナイロン)、合成樹脂(ポリスチレン、ポリエステル)などの合成原料として利用されています。
かつては有機溶剤や、ペンキはがしやゴムのり等家庭用品にも用いられていたことがありますが、その毒性が明らかになると他の有機溶剤に変更されました。
ベンゼンという名前は、「安息香酸」からついていると言われています。安息香酸は、「ベンジャミン」という木から取れるいい感じの匂いがする樹脂から抽出された「カルボン酸」という種類の物質でした。その安息香酸の英語名が「benzonic acid」で、ベンゼンはそれと炭素化合物を示す接尾辞である「-ene」をこれと合体させることで出来た名前です。
ベンゼンの歴史
19世紀の前半、冬のロンドンのガス管にはその寒さからガス管内に液状のものが発生し、ガス管の流れが悪くなってしまう現象が発生していました。これの調査を依頼されたのがマイケル・ファラデーです。ファラデーはこの液体を調査することで「bi-carburetofhydrogen(C2H)」という物質を発見しました。これがベンゼンであったと言われています。
それから約10年後、ドイツの化学者アインハルト・ミッチャーリッヒは、安息香酸を水酸化カルシウムで処理し、ファラデーが「bi-carburetofhydrogen」としたであろう物質を合成することに成功しました。そして、ミッチャーリッヒはファラデーの提唱した炭素と水素の比率は誤りで、この物質の炭素と水素の比は1:1であると提唱し、この化合物を「benzin」と名付けました。
ベンゼンの炭素と水素の比は経験的にそうであることが認識されていたようですが、なかなかその構造を決定する証拠が出てこなかったため、ベンゼンの構造はなかなか決まりませんでした。多くの学者によってベンゼンの構造について様々な説が唱えられ、こちらがその一例です。
そのベンゼンの構造が判明したのはそれからしばらく後の1865年のことで、ドイツの化学者アウグスト・ケクレがこれまで上がっていた証拠から現在のベンゼンの構造式を考案し、ようやくベンゼンの構造が決定されました。
しかし、ケクレの構造式から想定される性質はベンゼンとは異なるものでした。そのため、ケクレはベンゼンの二重結合と単結合は高速で入れ替わっており、通常の二重結合とは異なるという説を唱えました。
それから1929年、アメリカの化学者であるポーリングによって量子力学的な観点から「ベンゼンはふたつのケクレ構造の共鳴混成体である」と説明されました。
LD50
LD50の数値で言えばベンゼンのLD50はかなり大きく、急性毒性が強い物質とは言えません。ちなみに、成人の場合50~500mg/kg程度が致死量であると言われています。
中毒症状
ベンゼンの急性毒性は、中枢神経系への影響及び麻酔作用で、即効的かつ用量依存的です。急性中毒による死亡例は、重篤な中枢神経障害や心臓不整脈による心肺停止であると言われています。
ベンゼンは発がん性物質としても知られており、高濃度に慢性的に曝露すると白血病、特に急性骨髄性白血病を引き起こすことが示されています。ベンゼンの暴露量と急性骨髄性白血病による死亡との間に用量依存性が認められ、ベンゼンはヒトに対する発がん性があることが明らかになっています。
作用機序
作用機序については正確に判明しているわけではないため、わかっている範囲で解説することとします。
中枢神経系への影響
ベンゼンがどのような機序で中枢神経系に作用するかは判明していませんが、ベンゼンとその代謝物は抑制性の作用をもたらすことが分かっています。中枢神経系は抑制と興奮の両方の刺激を適切に調整することで正常に動作していますが、ベンゼンとその代謝物は抑制性の刺激を追加することで、その適切なバランスを崩してしまいます。それによって呼吸中枢の抑制が発生すると呼吸が抑制されることがあります。
セミキノンラジカルの発生
ベンゼンの代謝経路は判明しているわけではありませんが、以下のように考えられています。
今回は「p-ベンゾキノン」が生成する経路について注目していきます。それをまとめたのが下図です。
ベンゼンは、肝臓に存在する代謝酵素である「CYP2E1」によって代謝を受け「ベンゼンオキシド」へ代謝を受けます。ベンゼンオキシドはそこから非酵素的に転位してフェノールを生成します。更にフェノールからさらにCYP2E1によって酸化を受けヒドロキノンに代謝されていきます。ベンゼンの代謝物が骨髄に到達すると、そこで高い活性を持つ「ミエロペルオキシダーゼ」が存在することで、ヒドロキノンがp-ベンゾキノンに代謝されます。
p-ベンゾキノンが生成する際に、その反応中間体として「セミキノンラジカル」が発生すると言われています。ここで発生するセミキノンラジカルの反応性が高く、様々な生体高分子と直接結合してしまいます。それによって、DNAが損傷したり、ミトコンドリアを損傷したりなど細胞の生存に対して直接問題を引き起こします。特に、DNAにそれがDNAの変異をもたらし、鎖切断や染色体転座などの遺伝的損傷が引き起こされる可能性があります。
ベンゼンと白血病
ベンゼンは細胞のDNAを傷害する作用を持っているという話をしましたが、これがどのようにして白血病と関係するかを解説していきます。
骨髄には白血病や赤血球などの細胞に分化することが出来る「造血幹細胞」が存在しています。もしDNAに何らかの損傷が発生した場合、DNAのダメージは細胞に備わっているDNA修復機構によって修復されるか、それが難しい場合はアポトーシスするようになっています。したがって、1回DNAが損傷を受けたからといって、その細胞がすぐにがん化するわけではありません。
しかし、DNAは100%正確に修復できるとは限りません。そのため、繰り返しダメージを受けるといつか修復ミスが発生してしまいます。そしてそのミスがDNAに蓄積すると、がん化を防ぐ遺伝子が機能しなくなるなどの理由によりその細胞ががん細胞へ変化してしまう可能性が高まります。したがって、その変異の原因となるベンゼンは白血病のリスクを高めるというわけです。
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