鉄 毒物解説

解説

鉄とは?

鉄は原子番号26番の金属元素です。鉄の元素記号は「Fe」で、ラテン語の「ferrum」に由来します。
地殻の構成要素の5%程度を占めており、ご存じの通り環境中に広く存在しています。特に地球の中心部に当たる内核、外殻に非常に多く存在していると言われています。昔から幅広い用途があり、道具や建築物、自動車など幅広い用途で使用されてきました。非常に安価で加工しやすく、人類にとって非常に利用価値の高い元素の1つです。

また、生物にとっても生存に必須の元素であり、酵素の一部として活躍したり、ヘモグロビンの構成要素であったりと非常に重要な役割を持っています。

鉄と人類史

人類が鉄を発見したのは隕石に含まれていた「隕鉄」であると考えられています。古代エジプトに紀元前3000年前と推定される隕石製と思われる鉄の首飾りが発見されています。自然界に存在する鉄は酸化したもののため、それを活用するためには鉄を還元する必要がありました。
しかし、この時点では人類には高い融点を持つ鉄を精錬する技術はなかったため、鉄を活用することはできなかったようです。

紀元前1400年頃、アナトリア(現在のトルコ周辺)に存在したヒッタイトでは、鉄鉱石の還元と鍛造が行われるようになっていたようです。鉄器を使う以前人類は石器や青銅器を使用していましたが、鉄はそれに比べると強靭で耐久性も高く有用な物質でした。鉄器を利用して効率を上昇させることで、交易や戦争で優位に立つことが出来るようになり、強大な国家の構築に重要な働きをしました。

産業革命以降、鉄は産業の中核をなす材料にまで成長し、19世紀にドイツを統一したビスマルクの演説から「鉄は国家なり」という単語が生まれたり、高度経済成長期の日本では「産業の米」、などと呼ばれるまで重要な位置を占めるようになっていました。

鉄は炭素と他の金属元素を加えることで「合金」を作ることが出来ます。これにより様々な優れた特徴を持つ金属を生み出すことが可能です。鉄とクロム、ニッケルの合金である腐食に耐性がある「ステンレス鋼」、マンガンとモリブデンを添加した「マンガンモリブデン鋼」等様々な合金が製造されています。これらの性質を利用して、生活用品や自動車部品など様々な製品が製造されています。

LD50

ヒトの中毒量は元素鉄イオン量で、中毒量は20mg/kg・体重以上で、致死量は60mg/kg・体重以上であると言われています。

案外簡単に達成できるように見えますが、サプリメントでは1回服用量が数mg程度なので数百錠は服用する必要があり、医薬品であっても多くて1回100mg程度なので相当な量を摂取しないと中毒は発症しません。ただし、小児の場合は相対的に発症しやすくなるので注意が必要です。

中毒症状

Ⅰ期は鉄化合物が消化管粘膜を刺激することによって発生する症状と言われています。摂取後1時間以内に悪心・嘔吐が生じ、その後腹痛や下痢、血便、吐血が生じることもあります。その後、傾眠や昏睡、体液の喪失、代謝性アシドーシスなどが発生します。

Ⅱ期は取り込まれた鉄がまだ細胞障害を生じていない時期であると考えられています。よって、症状は改善したように見えますが、実際にはこれから症状が発生していきます。

Ⅲ期は血中に入った2価鉄が3価鉄に変換されるときに発生する水素イオンや肝臓などの組織でTCA回路が阻害された結果、乳酸やクエン酸などの有機酸が増加することによって発生した酸によって代謝性アシドーシスが発生します。昏睡やけいれん発作などが生じることがあります。

Ⅳ期は肝障害が発生する時期であると考えられています。各種肝機能を示す数値(ビリルビン、GOT,GPT等)の上昇、黄疸、低血糖、凝固障害、肝性脳症等が発生します。

Ⅴ期はⅠ期に生じた消化管障害の合併症が発生する時期です。瘢痕や線維化が生じます。

作用機序

作用機序
・胃腸粘膜に直接作用し、出血性の壊死や穿孔を引き起こす。
・遊離2価鉄は過酸化水素と反応し、水酸基ラジカルを生み出す。

と考えられています。

通常の服用

鉄は基本的に固体の状態で摂取された後、胃酸と反応して塩化鉄を形成します。そして、それが遊離して発生した2価鉄が消化管から吸収されています。通常の摂取量では小腸粘膜のバリアが機能しているため、吸収量は全体の数%程度であると言われています。

吸収された後、3価の鉄イオンに変換され、小腸粘膜壁細胞で「フェリチン」と結合します。それから「トランスフェリン」というタンパク質に結合し、全身循環に移行します。その後、骨髄に移動しヘモグロビンの産生に利用されたり、肝臓や脾臓に移動し貯蔵されるなど様々に活用されます。

基本的に鉄は反応性が高いため、単独で存在しないような仕組みになっています。

大量服用時

大量に摂取された鉄は、消化管粘膜に対して直接腐食作用を発揮します。そのため、通常の量では機能していた小腸のバリア機能は破綻してしまいます。よって、消化管から大量の鉄イオンが吸収されることになります。もちろん突然大量に入ってきた鉄イオンを全員さばけるわけもなく、一部の鉄イオンは単体で血中へ移動し全身に移行します。その結果、鉄イオン単体が肝臓をはじめとしたさまざまな組織に侵入し毒性を発揮します。

細胞内に侵入するとどうなる?

これは「フェントン反応」と呼ばれる反応で、「ヒドロキシルラジカル」という物質が発生する反応です。ここで問題になってくるのは「ヒドロキシルラジカル」です。これは活性酸素の一種で、。活性酸素とは、平たく言えば、「酸素より反応性の高い物質」のことです。反応性が高いということは、他の物質と勝手に反応してしまうということです。無差別にその辺にあるものに対して好き勝手反応を起こしてしまいます。その中には細胞の生存に必須の酵素やタンパク質、DNAなども含まれます。そういう理由で、活性酸素だらけになった細胞は生存不可能になるわけです。

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